加齢黄斑変性という病気をご存知でしょうか。
聞き慣れない病名かもしれませんが、視力の中心である黄斑部という部分が障害され日常生活にさまざまな支障が起きる深刻な眼の病気でかつ高齢者に多い病気です。
欧米では以前から中途失明の原因疾患の上位に挙げられており、日本でも高齢化に伴って患者数が増加しています。
私たちが暮らすこの日本では今後さらに高齢化が進むといわれており、この加齢黄斑変性の予防や治療はより大きな課題となることでしょう。
かつては有効な治療法に乏しかったこの加齢黄斑変性ですが、近年は新たな治療法が開発されて進行をくい止め、症状を改善できるようになってきています。
この記事では加齢黄斑変性の症状や原因・治療・予防法について詳しく解説します。
加齢黄斑変性の症状
加齢黄斑変性は眼の網膜という膜の中心にむくみや出血をきたし視力が低下する病気です。
加齢黄斑変性の症状を説明する前にまず眼の構造について知っておきましょう。 人間の眼はカメラに例えられることが多いのですが、水晶体がレンズ、網膜はフィルムの部分にあたります。
網膜には視細胞というものを見るための細胞が並んでおり、その中心部は黄斑と呼ばれ特別な構造をしています。大きさは約1.5〜2mmです。
黄斑にはキサントフィルという黄色の色素が多く含まれていて、これが黄斑という名称の由来です。
さらに黄斑の真ん中の部分には中心窩と呼ばれる部分があり、光を集めて細かいものを識別したり色を見分けたりする働きがあります。
カメラのフィルムはどの部分でもよく映りますが、フィルムに例えられる人間の網膜においてこの中心の黄斑部分はよく映るものの、そのほかの部分では正常な眼であってもよい視力を得ることができないのです。
さらに人間の網膜はカメラのフィルムのように取り換えられず、再生することもできません。
ですからこの黄斑部は大変小さな部位にもかかわらず大変重要で、それが障害されると周囲は見えていても細かいものを識別できなくなって視力が著しく低下してしまうのです。
そして網膜の外側には脈絡膜という血管が多く集まった膜があります。
多くの加齢黄斑変性はこの脈絡膜に新生血管という異常な血管が発生し、黄斑部を障害することで様々な症状を呈します。
主な症状は以下の4つです。
- ものが歪んで見える(変視症)
- 視界の真ん中がグレーになってかすむ、黒くなる(中心暗点)
- 視力が低下する
- 色がわからなくなる
4つの主な症状をひとつずつ説明していきましょう。
ものが歪んで見える変視症は網膜の腫れや網膜の下に液体が溜まることによって起こります。
歪んだフィルムで写真を撮ると歪んだ写真になるように、歪んだ網膜で見るとものが歪んで見えてしまうのです。
黄斑部は障害されていても周囲は正常なので中心だけが歪み、周囲は正しく見えています。
黄斑部の障害が進行すると視界の真ん中がグレーになってかすみ、ついには中心が黒くなり見えなくなります。これが中心暗点と呼ばれる現象です。
このようになると視力が低下し治療をしなければ多くは視力が0.1以下になってしまいます。また、網膜の下に大きな出血があると急激な視力低下をきたすこともあるのです。
さらに病状が進行すると色がわからなくなります。
加齢黄斑変性が深刻な眼の病気といわれる理由は、障害を受けた網膜を再生させられないことにあります。しかし、早期に発見できた場合にはある程度進行をくい止めて症状を改善させられるのです。
眼は左右にふたつあるため片方の眼にだけ症状が出るとその眼が利き眼でない場合は発見が遅れたり生活に支障がないからと放置されたりして症状が進行してしまうことがあります。
日頃から片方の眼を隠して左右それぞれの見え方をチェックするようにしましょう。日本眼科医会のホームページには「見え方チェックシート」が掲載されていますので活用してみてください。
萎縮型加齢黄斑変性と滲出型加齢黄斑変性
加齢黄斑変性の病態は萎縮性加齢黄斑変性と滲出性(しんしゅつせい)加齢黄斑変性の2つに分類されます。
黄斑部の網膜とその下にある網膜色素上皮・ブルフ膜・脈絡膜が縮むことにより網膜の働きが障害されて視力が徐々に低下する病態を萎縮性加齢黄斑変性といいます。
一方、滲出性黄斑変性は脈絡膜から新生血管という異常な血管が発生し、網膜色素上皮の下や網膜と網膜色素上皮の間に入り込んで網膜を障害する病態です。
新生血管は正常な血管に比べて脆くて弱いので、血液成分が漏れたり血管が破れて出血が起きやすかったりします。
血液成分が漏れ出ると網膜はむくみ、血液成分の液体が網膜の下に溜まると網膜の正常な働きが阻害されて視力低下などの症状が起こるのです。出血も網膜の下に血液が溜まり、網膜の働きが阻害されます。
萎縮型と滲出型を比較すると、滲出型は進行が早く視力低下も重症であることが多いです。
加齢黄斑変性の症状を引き起こす原因
次に主な加齢黄斑変性の原因である加齢・生活習慣・遺伝について順に説明します。
加齢
加齢黄斑変性という名前が示すように加齢はこの病気を引き起こす主要な原因です。
老化によって網膜黄斑部の老廃物を処理する能力が低下して黄斑部に老廃物が蓄積し、網膜の細胞や組織に異変が起こることが病気の発生メカニズムと考えられています。
生活習慣
加齢黄斑変性の発症リスクを高める原因として喫煙・肥満・メタボリックシンドローム・食生活の乱れなどが知られています。 これらの生活習慣や環境因子は改善への介入により発症を抑えることが可能となるため、予防行動は非常に重要です。
遺伝
加齢黄斑変性の中でも萎縮性が欧米人に多く、滲出性がアジア人に多いという疫学的背景などから、遺伝子が発症に関わっているのではないかと考えられてきました。
理化学研究所の研究グループや埼玉大学ゲノム医学研究センターなどが加齢黄斑変性と遺伝子の関係についての研究を行っています。
加齢黄斑変性の症状が出た場合の検査方法
加齢黄斑変性の診断に必要な検査には視力検査・眼底検査・蛍光眼底検査・光干渉断層計(OCT)検査があります。
それぞれどのような検査なのかを詳しくみていきましょう。
問診
加齢黄斑変性に限らず有用な診断情報を得る手段として問診は大変重要です。
具体的な問診項目としてはいつからどこにどのような症状があるか、生活状況や職業・既往歴・アレルギーの有無・喫煙歴・家族に眼の病気の方がいるかなどがあります。
視力検査
眼科ではほぼ全ての患者さんに行われる重要な検査です。視力低下の程度を調べます。
裸眼視力のほかにメガネやコンタクトで矯正した視力も測定して視力の状態を確認することもあります。
眼底検査
網膜の状態を詳しく調べる検査です。眼底カメラを使って網膜の写真を撮影し、出血や新生血管の有無を調べます。目薬で瞳孔を広げて網膜の隅々まで検査します。
瞳孔を広げると見えにくい状態が続くので、車の運転は半日ほど避けてもらう必要があります。
車の運転はせず公共交通機関を利用しての受診や、どなたか家族についてきてもらうなどの手段を検討しましょう。
蛍光眼底造影
静脈から蛍光色素を含む造影剤を注射して眼底の写真や動画を撮影します。蛍光眼底検査はフルオレセイン蛍光造影検査とインドシアニングリーン蛍光造影検査の2種類です。
新生血管の形や位置・拡大の程度を調べるとともに血管からの色素の漏出具合を見て新生血管の活動性を知ることができます。
光干渉断層計(OCT)検査
光干渉断層計は光干渉と呼ばれる物理的現象を応用した技術で網膜を断層的に調べることのできる装置です。網膜のむくみや新生血管の状態を立体的に捉えて評価できます。
検査時間が短く注射や点滴の必要がないので、患者さんにとっては身体の負担が少なく医療費削減にも役立つ検査です。
診断だけでなく治療の効果を判定するためにも行われます。
加齢黄斑変性の症状の治療方法
滲出性加齢黄斑変性と診断されたらすぐに下記の治療が開始されます。
一方、萎縮性加齢黄斑変性と診断された場合には有効な治療法が確立されていないので生活習慣の改善やサプリメントの摂取が推奨されます。
硝子体注射(抗VEGF治療)
網膜の脈絡膜に新生血管が発生する機序においては血管内皮増殖因子(VEGF)が関係していると考えられています。
硝子体注射(抗 VEGF療法)はこの VGEFを阻害して新生血管の発生を抑制する薬物を眼の中の硝子体腔に注射する治療法です。
この治療に使用される薬剤はブロルシズマブ(商品名:ベオビュ)・ラニビズマブ(商品名:ルセンティス)・アフリベルセプト(商品名:アイリーア)です。
注射で反復投与することによって眼内のVEGFを著しく減らし、脈絡膜新生血管を退縮させて視力の改善・維持を可能にします。
一般的には4週間ごとに3回の注射を行います。
その後の定期診察で新たな新生血管の発生が認められれば再度注射を行ったり、病気の活動性に応じて注射の間隔を調整したりしながら治療を継続していきます。
外来でできる治療ですが眼を消毒や清潔な状態で行う必要があるので、簡単な手術のような治療となります。注射の前には麻酔をするので痛みはほとんどありません。
治療効果には個人差があり中断すると再発し元の状態に戻ってしまうことも少なくありません。治療は根気よく続ける必要があります。
光線力学療法(PDT)
抗VEGF療法が開発される以前には一般的に行われていた治療法です。現在多くは抗VEGF療法と併用して行われています。
ベルテポルフィン(商品名:ビスダイン)という光に反応する薬剤(光感受性物質)を注射や点滴で経静脈的に投与した後、病変部に非常に弱い出力のレーザーを照射して病変を破壊する治療法です。
初回治療の後は定期的に受診し、病状を評価しながら治療の継続を判断します。
この治療に使用する光感受性物質は投与後体内にとどまる性質があり、肌に光が当たるとやけどのような光過敏症の症状が起きることがあります。
抗VGEF療法を受ける場合、治療後の一定期間は日光などの強い光に当たらないようにしましょう。
レーザー光凝固術
脈絡膜新生血管が黄斑の中心窩から離れている場合にはレーザー光線で病変を凝固して焼き切ることがあります。
レーザーを照射した部分の視細胞は障害されてその部分の視力は著しく低下しますが、新生血管が中心窩に広がることは防げます。
病変が黄斑の中心にまで及んでいる場合にレーザー光凝固を行うと中心窩を障害して著しい視力低下を引き起こすことがあるため、黄斑の中心に病変が及んでいるときにはこの治療法を選択することはほとんどありません。
加齢黄斑変性の症状の予防方法
発症すれば中途失明の危険性もある加齢黄斑変性ですから、できることなら発症させたくないと思われることでしょう。
ここからは加齢黄斑変性の予防方法について解説します。
禁煙
喫煙者は非喫煙者に比べて加齢黄斑変性になる危険性が高いことがわかっています。喫煙は「百害あって一利なし」といわれます。
全身の健康のためにも禁煙は非常に重要です。ご自身で禁煙ができないという方は是非禁煙外来の受診をお勧めします。
緑黄色野菜を摂取
緑黄色野菜、特にホウレンソウ・ブロッコリー・ケールなどには黄斑を保護するはたらきのある色素・ルテインが多く含まれておりこれらを摂取することで加齢黄斑変性の発症リスクが軽減されるとされています。
オランダのロッテルダム研究では遺伝子多型で発症リスクが高い症例でもルテイン・亜鉛・オメガ3不飽和脂肪酸を含む食事を摂取することで発症リスクの軽減が示されています。
紫外線を予防
太陽光などの紫外線は網膜にダメージを与え、加齢黄斑変性の発症リスクとなります。
サングラスなどを利用して紫外線から眼を守りましょう。
サプリメント摂取
アメリカにおいて約4000人を集めたランダム化試験が2回行われており、サプリメントの有用性が示されています。
それによるとビタミンC・ビタミンE・ルテイン・ゼアキサンチン・βカロテン・亜鉛などのサプリメントを摂取することで加齢黄斑変性の発症が少なくなることがわかっています。
ビタミンC・ビタミンE・βカロテンは網膜の細胞を障害する活性酸素による悪影響を軽減するための抗酸化ビタミンです。
発症を完全に抑えることはできませんが、片方の眼に加齢黄斑変性が発症している場合は反対の眼を守るためにも医師と相談してサプリメントの服用を検討するとよいでしょう。
まとめ
加齢黄斑変性症の症状や原因・検査・治療・予防についてお伝えしました。
加齢黄斑変性は中途失明の恐れがある深刻な病気だと聞くと「怖い」と思われがちですが、治療法の開発によって視力の維持や改善もできるようになってきています。
年齢を重ねることは避けられなくても日常生活に注意すれば病気の予防ができます。正しい知識と行動でいつまでも充実した生活を送ることのできる眼を維持していきましょう。
参考文献