ヘルペスといえば「口唇ヘルペス」などが思い浮かぶかもしれませんが、角膜(黒目)もヘルペスになることがあります。
今回の記事では、角膜ヘルペスとはどのような病気なのか、その種類・原因・症状・診断方法などについて解説します。
記事の後半では、治療・再発予防についても触れるので「もしかしたら角膜ヘルペスかも」と不安に感じている方もぜひ参考にしてください。
角膜ヘルペスとは?
角膜ヘルペスは単純ヘルペスウイルスによる角膜の感染症です。角膜は「黒目」のことですが、角膜自体は黒ではなく透明の膜になっています。
私たちの眼が黒~茶色にみえるのは、透明な角膜の奥にある焦げ茶色の虹彩が透けてみえるためです。
角膜は黒目の前面を覆うドームのような形をしていて、角膜のうち外気・瞼などに触れる外側を「上皮」といいます。
反対に眼の内部に近い後面を「内皮」と呼び、上皮と内皮に挟まれた中間層が「実質」です。
この三層のうち、どの部位に感染が広がっているかにより、角膜ヘルペスは上皮型・実質型・内皮型に分けられます。それぞれ、どのような状態なのか確認していきましょう。
上皮型角膜ヘルペス
眼の表面に近い「上皮」でウイルスが増殖している状態が上皮型角膜ヘルペスです。上皮型では、感染により角膜上皮の細胞が部分的に抜け落ちた状態になります。
上皮は角膜の中でも最初にヘルペスウイルスに触れる部位で、体外からの感染だけでなく体内のウイルスが活性化した場合も、最初は角膜上皮にウイルスが到達するとされています。
実質型角膜ヘルペス
感染が角膜の実質まで到達した状態が実質型角膜ヘルペスです。実質型にみられる病態は、ウイルス自体ではなくウイルスに対する免疫反応が主な原因となります。
実質型では角膜の中心に円形の浮腫ができることが多いため、この状態を「円盤状角膜炎」とも呼びます。
実質型では、角膜の浮腫だけでなく白濁がみられる場合が多いでしょう。また、浮腫によって角膜が歪んで角膜後面にしわができやすくなります。
さらに、症状の悪化・繰り返す再発により炎症が強くなると「壊死性角膜炎」になる場合があるので注意が必要です。
壊死性角膜炎では、強い炎症により本来は血管がない角膜内に結膜の血管が侵入したり、炎症が直った後に瘢痕(はんこん)と呼ばれるあとがみられたりするようになります。
内皮型角膜ヘルペス
感染が角膜の内皮で起こっている状態が内皮型角膜ヘルペスです。角膜ヘルペスの多くは上皮型・実質型ですが、まれに内皮型と診断される方がいます。
内皮に炎症が起きた場合は、実質型と同じく角膜の浮腫がみられるほか、角膜後面の沈着物付着・内皮細胞の急激な減少なども特徴的な所見です。
また「角膜輪部」と呼ばれる黒目・白目の境目に炎症を起こす場合があり、この炎症に伴って眼圧が上がる可能性があります。
眼圧の上昇は緑内障を引き起こすこともあるため、内皮に炎症が起こっている場合には合併症として「続発性緑内障」が怒っていないか定期的な確認が必要です。
角膜ヘルペスの原因
角膜ヘルペスの原因は「単純ヘルペスウイルス」ですが、このウイルスに感染していたとしても健康な方は発症に至りません。
実は、多くの方が幼児・小児期に単純ヘルペスウイルスに感染しているといわれていますが、感染した子どもの1割程度に結膜炎などの症状が現れるにとどまります。
症状が出ないため感染に気付かない場合が多いですが、一度感染した単純ヘルペスウイルスは三叉神経(さんさしんけい)に潜伏し続けています。
三叉神経とは、顔にものが触れた感覚を脳に伝える末梢神経の一種です。名前のとおり耳とこめかみのあいだで三叉に分かれ、そのうちの1つが眼を取り巻くように伸びています。
そのため、三叉神経にとどまっていた単純ヘルペスウイルスが三叉神経の外にまで広がるときに、三叉神経に近い角膜で炎症を起こすのです。
普段は神経の中にいる単純ヘルペスウイルスが活性化する原因には、ストレス・体調不良・気温の低下などが挙げられます。
ストレス
ウイルスの活性化を抑えるためには、免疫力を高めることが重要です。しかし、ストレスが増えると交感神経が優位になり免疫機能に重要なリンパ球が増えないといわれています。
また、睡眠中は副交感神経が優位になりリンパ球が増えるタイミングなので、睡眠不足も免疫力を低下させウイルスを活性化させる原因となるでしょう。
発熱
角膜ヘルペスと同じく「単純ヘルペスウイルス」が原因の口唇ヘルペスは、熱が出たあとに発症することが多く「熱の華」と呼ばれます。
角膜ヘルペスも、かぜなどで発熱したことをきっかけに発症することが多い病気です。
体調不良
発熱のほか、感冒(かぜ)の症状が出ているときなど体調不良時にも角膜ヘルペスの発症リスクは高まります。
体調不良が起きているときは、すでに免疫力が低下している可能性が高く、角膜ヘルペスが活性化しやすい状態といえるでしょう。
気温の低下
体温調整のメカニズムは、おおまかにいうと暑いときは副交感神経が優位になり体温を下げ、寒くなると交感神経が優位になり体温を上げる仕組みです。
前述のとおり、交感神経が優位になると免疫力は上がりにくいので、気温が低下する時期には免疫力が低下しやすくヘルペスウイルスも活性化しやすいと考えられます。
角膜ヘルペスの症状
角膜ヘルペスになると、下記のような症状がみられるようになります。炎症の程度・部位などにより、患者さんが自覚する症状には差があるでしょう。
- 異物感(眼がごろごろする)
- 羞明感(まぶしく感じる)
- 充血
- 視力低下
- 眼のかすみ
- 眼痛
- 涙目になる・涙が出る
いずれの症状も、上皮型・実質型・内膜型に共通してみられることがありますが、上皮型角膜ヘルペスでは特に異物感・羞明感(しゅうめいかん)・充血を訴える患者さんが多いです。
羞明感とは、通常であればまぶしいと感じない強さの光で「不快感を覚えるほどまぶしい」と感じる症状をいいます。
また、実質型角膜ヘルペスでは視力低下がよく起こります。これは、炎症に伴って角膜の浮腫・混濁が起こり、眼に入る光がさえぎられたり曲がったりするためです。
視力低下のほかに充血がみられることが多く、炎症の程度によっては眼痛を自覚する患者さんもいます。
角膜ヘルペスは再発・再燃することがあり、頻繁に炎症を繰り返すことで失明につながる病気のため注意が必要です。
角膜ヘルペスの検査・診断
前述の自覚症状で眼科を受診した場合、どのような検査を経て角膜ヘルペスと診断されるのでしょうか。今回は、角膜ヘルペスが疑われる場合の主な検査方法を5つ紹介します。
眼の観察
眼科の診察では、眼の様子を医師が直接確認するほか「細隙灯顕微鏡」による観察を行うことがあります。
細隙灯顕微鏡とは、スリット状の光を目に当てながら高倍率の拡大鏡で患者さんの眼を観察するための器具です。
上皮型角膜ヘルペスになった眼を細隙灯顕微鏡で観察すると、樹枝状・地図状といわれる特徴的な形の上皮欠損が確認できます。
ウイルス培養
これまでの経過・医師による観察などの結果、角膜ヘルペスの疑いがある場合に確定診断としてウイルスの培養検査をします。
ウイルス培養検査は、目の表面をぬぐって採取した液に含まれるウイルスを培養して、どのようなウイルスがいるかの確認をする検査です。
また、蛍光色に染めた抗体を利用して特定のウイルスが存在していることを確認する「蛍光抗体法」により、単純ヘルペスウイルスの存在を確認することもあります。
ただし、実質型の場合はウイルスの培養検査が難しいため、下記のような項目を組み合わせて診断することがあります。
- 上皮型角膜ヘルペスの既往
- 再発を繰り返しているか
- PCRによるウイルスDNAの証明
- 角膜知覚低下があるか
このうち、PCR検査・角膜知覚検査については後述するため、そちらも参考にしてください。
チェックメイトヘルペスアイ
「チェックメイトヘルペスアイ」は、角膜上皮細胞に含まれる単純ヘルペスウイルス抗原を検出するための検査キットです。
抗原抗体反応を利用した「免疫クロマトグラフィー法」による検査キットで、単純ヘルペスウイルスの検査としては短時間で簡易に行える唯一の方法といって良いでしょう。
このキットで陽性が出た場合は確定診断につながりますが、感度は47%~60%とされており、結果が陰性であっても角膜ヘルペスを否定できません。
なお、チェックメイトヘルペスアイはスワブ(検体採取用の綿棒)で角膜表面をこすって細胞を採取する検査です。
そのため、感染を起こしている細胞が角膜表面に存在しない実質型・内皮型には有効ではないとされています。
PCR法
PCR法とは、ポリメラーゼ連鎖反応により対象とするDNAを増幅させる検査方法で、きわめて少量のウイルスも検出可能という点がメリットです。
しかし、角膜ヘルペスの多くは外部からの感染ではなく、体内に潜伏している単純ヘルペスウイルスが活性化することで発症します。
つまり、たとえ角膜ヘルペスを発症していない方でも、眼球表面に単純ヘルペスウイルスが存在する場合があります。
そのため、一般的なPCR法で検査をすれば角膜から単純ヘルペスウイルスが検出される可能性があるという点に注意が必要です。
角膜知覚検査
角膜知覚とは角膜に物が触れた場合の知覚を調べる検査で、ペンのような形状で先端からナイロン糸を繰り出す「角膜知覚計」を用います。
先端から出たナイロン糸を角膜に当て、患者さんが押圧を感じているかを確認するという自覚的な検査です。
糸を短くするほど押圧は強くなり、糸の長さが40mm未満でも知覚できない場合を知覚低下とします。
角膜ヘルペスになると角膜知覚が低下するので、角膜知覚検査は補助診断として有用です。しかし、角膜知覚が低下する原因には、他にも加齢・コンタクトレンズの常用などがあります。
加齢やコンタクトレンズの着用では両眼の知覚が同程度に低下する可能性が高いため、角膜ヘルペスの場合は左右差を比較することで異常の有無を判断します。
しかし、角膜知覚検査では知覚が低下した原因まで特定することはできないため、細隙灯顕微鏡検査などの結果と併せて診断を行います。
角膜ヘルペスの治療
さまざまな検査方法がある角膜ヘルペスですが、検査を経て角膜ヘルペスと診断された場合はどのような治療を行うのでしょうか。
上皮型と実質型・内皮型では治療方法に違いがあるため、今回はそれぞれについて詳しく解説していきます。
上皮型角膜ヘルペスの治療
上皮型の場合は、主に抗ウイルス薬であるアシクロビル眼軟膏を用いた治療を行います。
アシクロビルは単純ヘルペスウイルスによる感染症に有効とされますが、結膜炎・点状表層角膜炎などの副作用がある薬剤です。
また、ヘルペスウイルスの中にはアシクロビルに耐性を持った株も存在します。
そのため、治療開始から1週間経過しても効果が現れない場合は投与を継続せず、ほかの原因・耐性株の可能性を考えて治療方針を再検討が必要です。
なお、アシクロビルでヘルペスウイルスの増殖を抑えているあいだも細菌感染が起こる可能性はあるため、抗菌薬の点眼を併用することもあります。
実質型・内皮型角膜ヘルペスの治療
実質型・内皮型の場合は、ステロイド点眼により実質の炎症を抑えるとともに、上皮型を併発することを考えてアシクロビル眼軟膏も使用することが多いです。
上皮型のみ発症した場合はアシクロビルを長期的に使用することはまれですが、実質型の場合は投与の終了まで数ヶ月をかけてゆっくりと薬の量を減らしていきます。
ステロイドを使用している間は、副作用として眼圧の上昇による緑内障・免疫作用の抑制による角膜ヘルペスの悪化・再発などに注意が必要です。
この副作用を見ると角膜ヘルペスの治療にステロイドを使用することは矛盾しているように思えるかもしれませんが、すでに起きている炎症を抑えるためには必要な薬です。
また実質型の再発を繰り返し、重症化して壊死性角膜炎になった場合には、アシクロビルではなくヘルペスの発症を抑制する「バラシクロビル」も投薬の選択肢となる場合があります。
角膜ヘルペスの再発を予防するには?
ヘルペスウイルスを完全に体内から排除する薬はなく、角膜ヘルペスの症状が落ち着いても、原因となるウイルスは体内から消えたわけではなく潜伏している状態です。
そのため、症状が治まったように感じても、自己判断で薬を中断せず医師の指示に従ってしっかり投薬を続ける必要があります。
再発を繰り返している場合には少量の投薬を続けることもありますが、副作用が懸念されるため一度治癒した後は抗ウイルス薬を長期的・予防的に投与することは推奨されません。
治療後の生活ではヘルペスウイルスが活性化するきっかけとなるストレス・不規則な生活を可能な限り避けて、免疫力を上げることが重要です。
まとめ
「眼がゴロゴロする」「見えにくい」といった症状は眼の軽い不調として珍しいものではありません。
しかし、ときには角膜ヘルペスを発症したサインとしてこのような症状が現れることがあります。
角膜ヘルペスは、角膜が繰り返し炎症を起こすことで視力低下・失明につながることもある病気です。
気になる症状が現れたら、早期に眼科に相談して原因・状態に応じた治療を受けることをおすすめします。
参考文献