年齢を重ねると、目に関するさまざまな変化があらわれることがあります。そのうちの一つが、硝子体剥離です。視界のなかに小さな黒い影が飛んで見える、光の線が見えるなどの症状は、硝子体剥離の症状かもしれません。硝子体剥離の大部分は、加齢に伴って起こる自然な変化で、基本的には治療を必要としないことが多いといわれています。しかし、時に、視力に影響を及ぼすこともあるため、注意が必要です。本記事では、硝子体剥離のメカニズムや症状、治療、日常生活での注意点などを詳しく解説します。
硝子体剥離の基礎知識

硝子体(しょうしたい)剥離について正しく理解するには、まず目の構造や硝子体の役割について知ることが大切です。これらを把握することで、なぜ硝子体剥離が起こるのか、どのような影響があるのかが理解しやすくなります。ここでは、眼球の基本構造、硝子体剥離が起こるメカニズムなどを解説します。
眼球の構造と硝子体の役割
眼球は、光を取り入れて電気信号に変え、脳へ伝えることで視覚を司る臓器です。眼窩(がんか)と呼ばれる骨で囲まれた空間にあり、成人では直径約24mmの球体です。眼球の構造を詳しく確認しましょう。
外膜、中膜、内膜
眼球の壁はいくつかの層で成り立っています。外側から、外膜、中膜、内膜で構成されており、これらはそれぞれ以下のような組織で形成されています。
- 外膜:角膜、強膜(きょうまく)
- 中膜:虹彩(こうさい)、毛様体(もうようたい)、脈絡膜(みゃくらくまく)
- 内膜:網膜(もうまく)
このうち、一番内側にある網膜は、通常は眼球の壁にぴったりと張り付いています。網膜は、カメラでいうところのフィルムの役割を果たします。具体的には、目に入ってきた光を電気信号に変え、視神経を通して脳にその信号を伝えることで、ものを見ることができるのです。
水晶体
水晶体は、主に水と蛋白質で構成されており、ものを見るときにレンズの役割を果たします。水晶体は柔軟性に富んでおり、厚みを変化させることでピントを調整しています。
硝子体
硝子体は主に水分でできており、コラーゲンとヒアルロン酸も含んでいます。透明のゼリー状で、網膜に包まれ、眼球の中を満たしています。フィルムの役割をする網膜の前に存在しており、眼に入ってくる光を網膜まで届ける役割を担っています。また、網膜を支える役割もあります。若い健康な方では、硝子体は網膜の内側にしっかりと付着しています。
硝子体が剥がれた状態とは
硝子体剥離とは、硝子体が剥がれた状態という意味であり、これは硝子体が網膜から剥がれてしまったことを指します。この現象は特に後部硝子体剥離と言われ、硝子体が後ろの方から剥がれてくることで起こります。
硝子体剥離が起こるメカニズム
硝子体はもともとゼリー状ですが、加齢とともに徐々に液状に変化していきます。この変化が進んでくると、しっかりとした構造がなくなり、硝子体は収縮し、網膜との接着が弱まります。徐々に変化は進行し、硝子体がさらに縮んだ結果、硝子体が網膜から離れてしまいます。
硝子体剝離を発症しやすい要因
硝子体剥離は、主に加齢が原因で発症する疾患です。通常は40歳未満では起こりにくいとされています。40歳を過ぎると発症することがありますが、一般的には50歳以降に発症するといわれています。硝子体剥離を発症するリスクは加齢とともに高まり、片方の目に硝子体剥離を発症した場合、もう片方の目にも発症する可能性が高くなります。
硝子体剥離を発症しやすい要因としては、加齢以外にも以下のようなものが挙げられます。
- 強い近視
- 糖尿病
- 眼内手術歴(白内障手術など)
- 眼のけがや強い衝撃
強い近視があったり、眼にけがをするなど強い衝撃を受けたりした場合は、若い方でも発症することがあります。
硝子体剥離で生じる症状

硝子体剥離では飛蚊症と光視症と呼ばれる代表的な症状がみられます。これらの硝子体剥離で生じる症状について、それぞれ詳しく解説します。
飛蚊症
飛蚊症(ひぶんしょう)は、目の前に小さな点や糸くずといったごみのような黒い影が飛んでいるように見える症状です。見え方の特徴としては以下のようなものが挙げられます。
- 虫が飛んでいるように見える
- 髪の毛のような線が見える
- 小さなほこりやごみのようなものが見える
視線をずらしても黒い影はついてきて、視線を固定すると浮遊するように見えることがあります。暗いところでは目立たなくなる場合もあります。これは、硝子体の変化や混濁が原因であり、その影が網膜に落ちて黒い影のように見えるのです。多くの場合、時間とともに慣れて気にならなくなりますが、急激な変化があった場合は注意が必要です。
光視症
光視症(こうししょう)とは、視界に閃光や光の線が見える症状のことを言います。硝子体が剥がれる途中で網膜が引っ張られ、この刺激を光として感じます。眼を動かしたときに、眼の端に光って見えますが、弱い光なので特に暗い場所で感じることの多い症状です。網膜裂孔や網膜剥離の前兆である可能性もあるため、早めの受診が推奨されています。
硝子体剥離と似た病気

硝子体剥離は飛蚊症や光視症といった症状を引き起こしますが、これらの症状はほかの眼の疾患でも現れることがあります。ここでは、網膜剥離、網膜裂孔などの硝子体剥離と似た病気について、それぞれの特徴を解説します。
網膜剥離
網膜剥離とは、眼球の壁の一番内側にある網膜が剥がれてしまう状態です。網膜はカメラでいうところの、フィルムの役割を果たしており、通常は眼球の壁にぴったりと張り付いていますが、糖尿病網膜症などが原因で剥がれることがあります。発症時には、視界に虫やゴミが飛んでいるように見える飛蚊症などの症状や、視野が欠けてくる視野欠損などの症状がみられます。
網膜剥離のなかで、裂孔原性網膜剥離と呼ばれるタイプは進行が早く、治療が遅れると失明に至る場合があります。裂孔原生網膜剥離は網膜に穴や裂け目(裂孔)ができることで起こる網膜剥離です。網膜にできた裂孔に硝子体が入り込み、網膜が剥がれます。若い方では外傷や近視、アトピー性皮膚炎が原因となる場合があります。中高年の方では、硝子体剥離が原因となり、裂孔原性網膜剥離が引き起こされることがあります。
網膜裂孔・円孔
網膜裂孔・円孔は、網膜の一部に裂け目や穴が生じる病気です。硝子体剥離では硝子体が液状化し、その容積が減少することで硝子体が網膜から剥がれます。その際に、硝子体と網膜の癒着が強い場所や弱い場所があるため、硝子体が収縮するときに癒着の強い場所に網膜が引っ張られてしまい、網膜に裂け目が生じます。その後症状が進行して、液状になった硝子体が網膜裂孔から網膜の下に入り込むと、網膜剥離を引き起こす可能性があります。
網膜裂孔では、飛蚊症がみられたり、暗いところで閃光が走るような光視症がみられたりします。また、網膜が裂けた際に、周囲の血管を傷つけた場合は、硝子体のなかに出血してしまうことがあります。
硝子体混濁
硝子体は本来無色透明ですが、硝子体が混濁すると飛蚊症や目のかすみ、視力低下などを引き起こすことがあります。硝子体混濁の主な原因についてそれぞれ解説します。
出血性混濁
糖尿病性網膜症や網膜剥離などによって硝子体のなかに出血が起こることを硝子体出血と呼びます。硝子体はもともと透明ですが、そこに出血が起こってしまうと、濁りによって視力が低下してしまうことがあります。
炎症性混濁
目のなかに炎症が起こることで、硝子体が混濁することがあります。炎症を起こす容器としては、ぶどう膜炎、眼内炎があります。ぶどう膜炎はサルコイドーシスという病気や、炎症性の病気が原因となり、目の痛みや充血、視力低下、霧がかかったように見えるなどの症状が認められます。
腫瘍性混濁
目のなかに発生する、がんなどの腫瘍によって、硝子体混濁が起こることがあります。代表的なものとして、血液のがんの一種である悪性リンパ腫が挙げられます。
硝子体剥離で治療が必要なケースと治療法

硝子体剥離自体は自然な加齢現象であり、多くの場合は治療を必要としません。しかし、合併症を伴う場合には治療が必要なことがあり、ここでは治療が必要なケースと、具体的な治療法について解説します。
硝子体剥離で治療が必要なケース
多くの硝子体剥離は治療を必要としませんが、次のようなときは治療が必要です。
- 網膜裂孔を伴う
- 網膜剥離を伴う
- 硝子体出血がある
これらの症状があるときは、視力の低下につながる可能性があるため、速やかに眼科を受診し適切な治療を受けることが重要です。
硝子体剥離の治療法
ここでは、硝子体剥離の治療法である、網膜光凝固術、硝子体手術についてそれぞれ解説します。
網膜光凝固術
網膜に裂け目や孔(あな)があるのみで、網膜剥離を伴わない場合は、レーザーによって焼き固める網膜光凝固術(もうまくひかりぎょうこじゅつ)と呼ばれる処置を行うことがあります。これにより網膜剥離への進行を防ぐことができる可能性があります。
硝子体手術(硝子体切除術)
硝子体手術は硝子体出血や網膜剥離を伴う場合に行われます。通常眼球に穴を開けて細い器具を挿入し、硝子体の中の出血や濁りを取り除きます。通常は局所麻酔という、部分的な麻酔で行われますが、手術自体は2時間以上に及ぶこともあります。
硝子体剥離と診断された後の注意点

硝子体剥離は基本的に手術などの処置は必要ないとされていますが、進行するとまれではありますが、緊急で治療が必要になることもあります。ここでは硝子体剥離と診断された後の注意点について解説します。
定期的な受診
初期段階では症状が軽微でも、病状が進行すると網膜剥離など、視力に影響を及ぼす合併症を引き起こす可能性があります。また、片方の目で硝子体剥離がみられた場合、もう片方の目にも起こってくることがあるため、定期的な眼科受診が重要です。初回の受診の時期については4〜6週間が一つの目安とされています。ただ、その後の再度受診をする時期については、その方の症状や病状の程度、年齢やほかの病気の有無などで変わってくるため、主治医と相談して決めましょう。
自宅で注意すべき症状の変化
硝子体剥離と診断された後は、症状が変化していく可能性があります。自宅で注意すべき症状の変化としては以下のものが挙げられます。
- 飛蚊症や光視症が急に増える
- 視野の一部が欠ける
- カーテンがかかったように見えたり、影が広がってくるように見えたりする
- 視力が急激に低下する
このような症状以外にも、異変を感じた場合は注意が必要です。
日常生活で気をつけたいこと
硝子体剥離と診断された後、日常生活で気をつけたいこととしては、以下のようなことが挙げられます。
- 目を強くこすらない
- 急に目を動かさない
- 激しい運動や、頭部への衝撃を避ける
- 重労働を避ける
激しい頭部の振動や急激な眼球運動は避けた方がいいですが、完全な安静は必要なく、通常の日常生活は可能です。また、長時間の読書やコンピューター作業など、目が疲れるようなことはできる限り避けるようにしましょう。
異常を感じた際の対処法
異常を感じた場合は、眼科を受診してください。特に、自宅で注意すべき症状の変化に挙げたような、飛蚊症や光視症が急に増えるなどの症状が見られた場合、すぐに眼科に相談しましょう。受診の際は、症状が現れた時期、程度、変化の様子などを伝えるとよいでしょう。また、両眼の症状を区別して伝えることも重要です。
まとめ

硝子体剥離は、加齢に伴って起こることのある病気で、多くの場合は治療を必要としません。しかし、網膜剥離や硝子体出血などの合併症が生じることがあり、これらは視力に重大な影響を及ぼす可能性があります。硝子体剥離と診断された後は、症状の変化を注意深く観察し、飛蚊症の急激な増加や、視野が欠けるなどの症状があらわれた場合は、速やかに眼科を受診しましょう。また、症状がない場合でも病状が徐々に進行する可能性があるため、定期的に眼科を受診しましょう。
適切な経過観察と早期治療により、重篤な合併症を予防し、視力を維持することにつながります。異変を感じた際は、自分だけで判断せず、必ず医療機関に相談してください。
参考文献
- 日本眼科学会, 目の病気, 眼の構造
- 髙橋 直巳, (2023年2月27日), 白内障治療の最新事情と眼内レンズの選び方, 恩賜財団済生会
- 加畑 隆通, (2023年2月27日), 網膜剥離, 恩賜財団済生会
- 瀬口 次郎, (2019年2月27日), 硝子体出血, 恩賜財団済生会
- Cleveland Clinic, (2022.5.15), DISEASES&CONDITIONS, Posterior Vitreous Detachment
- James Garrity, (2022年9月), 目の構造と機能, MSDマニュアル 家庭版.
- The Foundation of the American Society of Retina Specialists, Facts from the Foundation of the ASRS Retina Health Series, Posterior Vitreous Detachment
- 関西医科大学付属医療機関, 硝子体混濁