眼病治療の選択肢として、硝子体手術という名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。この記事では、硝子体手術の基本から、適応疾患、手術の流れ、そして術後の過ごし方まで、わかりやすく解説します。
硝子体手術について
それではまず硝子体手術とはどのような手術なのか、費用を含めて見ていきましょう。
硝子体手術とは
硝子体手術は、白目の部分から特殊な器具を挿入して硝子体を切除し、場合によって網膜の治療を行う手術です。そもそも硝子体とは目の大部分を占める透明なゼリー状の物質で、目玉の形を保持し、光を網膜に届ける役割を果たしています。この硝子体に異常が起こることで、視力低下や視界の異常など、日常生活に大きな支障が生じる眼病となります。 硝子体手術は、高度な技術を要する繊細な手術です。通常は局所麻酔下で行われ、手術中の痛みはほとんどありません。手術時間は症状や治療の内容によって異なりますが、一般的には1~2時間程度です。
費用の相場
手術の費用については、患者さんの保険の負担割合の他、病状や治療内容によって異なりますが、目安としての金額は以下のようになります。 保険適用で1割負担の方の場合、片眼の手術費用は大体3万5000円から6万円程度となることが多いです。2割負担の方では、この金額が約7万円から12万円に、3割負担の方では約10万円から18万円になることが一般的です。
保険適用であっても高額となる硝子体手術ですが、高額療養費制度を利用して医療費の負担を軽減できる可能性があります。高額療養費制度とは、年齢や所得に応じて定められた自己負担限度額を超えた部分の費用が払い戻されるという制度です。支払いの対象は硝子体手術の費用だけでなく、同じ月に支払った他の医療機関や調剤薬局の費用も含まれます。制度の詳細については、加入中の公的医療保険窓口または住所地の区役所や市町村役場で確認することができます。
白内障との同時手術
硝子体手術と白内障手術の同時施行は、特に高齢の患者さんにおいて標準的な選択肢となっています。硝子体手術によって白内障が急速に進行するためです。白内障とは目の水晶体が濁る疾患で、視力低下の原因となります。 同時手術を行う主な理由は、硝子体手術による白内障の進行を防ぐことに加えて、硝子体手術の安全性と確実性を高めるためです。白内障手術では、濁った水晶体を取り除き、代わりに人工のレンズを挿入します。
硝子体手術の主な適応疾患
ここでは、硝子体手術の主な適応疾患を6つ解説します。
黄斑前膜
黄斑とは形や色や距離など光の情報の大部分を識別する重要な部分で、網膜の中心にあります。黄斑前膜は、黄斑に膜ができる疾患です。初期段階ではほとんど無症状ですが、進行して黄斑上に膜が形成されることで視力の低下を引き起こします。また、形成された膜が収縮することで網膜にしわが生じ、物が歪んで見えることもあります。 硝子体は年齢とともに変性が起こり網膜から離れて行きますが、離れて行く過程で黄斑に硝子体の一部が残り、膜を形成することで黄斑前膜となります。黄斑前膜の原因として、外傷やぶどう膜炎など眼内に炎症が起こることも挙げられます。 黄斑前膜は目薬や飲み薬では改善しないため、手術によって膜を除去することが唯一の治療方法です。ただし、黄斑前膜となったら必ずしもすぐに手術が必要というわけではなく、視力低下や見え方のゆがみなどの自覚症状が強まった場合に手術を検討します。
黄斑円孔
黄斑円孔とは、黄斑に穴が開く疾患です。視力の低下、黒い影が見える、物が歪んで見えるなどの症状が起こります。 硝子体が年齢とともに変性し網膜から離れる際、黄斑に牽引力が加わり穴が開いてしまうことで発生します。黄斑は視力が最も鋭敏な部分であり、ここに穴が開くと眼鏡で矯正をしても視力が大きく低下します。 手術で硝子体を切除し、内境界膜という膜を剥がして黄斑にかかる牽引力を取り除きます。手術の最終段階で気体を眼内に注入し、眼の内側から網膜を押さえつけることで黄斑円孔を塞ぎます。手術後に俯き姿勢を維持することが非常に重要で、治療の効果に大きく影響します。
糖尿病網膜症
糖尿病網膜症は、糖尿病の3大合併症の一つで、失明の主要な原因となっている疾患です。高血糖状態が続くと網膜の細かい血管が損傷し、詰まりや変形を起こすことがあります。血管が詰まると網膜は酸素不足に陥り、新生血管を作り出して酸素不足を補おうとします。新生血管は未熟で脆いため、容易に出血を引き起こします。また、出血により網膜に増殖組織が形成され、網膜剥離を引き起こすリスクもあります。糖尿病網膜症はかなり進行するまで自覚症状がないことがあり、定期的な眼科検診が重要です。 糖尿病網膜症の治療には、光凝固術(レーザー治療)、硝子体手術、ステロイド注射、抗VEGF注射があります。 糖尿病網膜症の治療は、完全な回復を目指すものではなく、症状の悪化を防ぐためのものです。定期的な眼科検診により異常を早期発見し、適切な治療を行うことが視力の保護につながります。
硝子体出血
硝子体出血は、眼内の硝子体に出血が生じる状態を指し、視野が見えにくくなったり重度の飛蚊症といった症状を引き起こします。網膜に光が届きにくくなるため、視力にも悪影響を与えることがあります。 硝子体出血の原因は多岐にわたりますが、主な原因としては糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性、裂孔原性網膜剥離などが挙げられます。 治療法については、網膜剥離を伴わない軽度の硝子体出血であれば時間の経過とともに出血が自然に吸収され、状態が改善する可能性が高いです。出血が自然吸収されつつ、出血の原因となる疾患の治療が並行して行われます。一方、網膜剥離を伴う硝子体出血の場合は早期の手術が必要になります。
網膜静脈閉塞症
網膜静脈閉塞症は、網膜静脈が何らかの原因で閉塞することによって発生する疾患です。網膜静脈の閉塞は、網膜中心静脈閉塞症と網脈静脈分枝閉塞症の2種類に分けられ、前者は網膜全体に出血が起こり、後者は限局した部位に出血が発生します。症状としては視力の急激な低下や突然の視野障害、変視症などの症状がおこります。 この疾患が進行すると、網膜で新生血管が発生し、硝子体出血や新生血管緑内障などの合併症を引き起こすことがあります。 網膜静脈閉塞症の治療法としては、抗VEGF療法が一般的ですが、硝子体出血や血管新生緑内障などの合併症を予防または治療するために網膜光凝固術(レーザー治療)や硝子体手術が行われることもあります。
裂孔原性網膜剥離
裂孔原性網膜剥離は、網膜に生じた穴が原因で発生する網膜剥離の一種です。穴が生じる主な原因は加齢による硝子体の変性とされており、硝子体の収縮によって網膜が引っ張られて裂孔が生じたり、網膜の委縮により円孔と呼ばれる丸い穴ができたりします。そして裂孔や円孔から液化した硝子体の水分が侵入して網膜剥離が起こることで、視力低下や失明を引き起こします。 裂孔が生じた初期段階では網膜剥離が発生していない場合が多く見られます。この時期の治療法としては、裂孔の周囲にレーザー治療を施し、網膜を固める方法が取られます。既に網膜剥離が起こっている場合には手術となることが一般的です。
硝子体手術の主な合併症
硝子体手術にはいくつかの合併症のリスクが伴います。ここでは、硝子体手術後に起こり得る代表的な合併症について、特徴と影響に焦点を当てて解説します。
網膜裂孔・網膜剥離
硝子体手術中、硝子体を切除する過程で網膜裂孔が発生することがあります。網膜裂孔とは網膜に小さな穴が開く状態を指し、これを放置すると網膜剥離へと進行する可能性があります。 また、増殖性硝子体網膜症という合併症により網膜剥離となることもあります。増殖性硝子体網膜症とは、手術後に異常な増殖膜が形成され、この膜が網膜を引っ張って網膜剥離を引き起こす疾患です。
緑内障
手術後に眼圧の上昇が起こることがあります。多くの場合一時的なものであり、時間の経過と共に正常に戻ります。しかし稀に眼圧が高い状態が持続する場合があり、視神経が損傷を受けて緑内障を発症して視野の欠損などの症状を起こすことがあります。 また、糖尿病網膜症で硝子体手術を受けた患者さんの中には術後に新生血管の発生が見られることがあります。新生血管が眼球の前方、虹彩周辺にまで伸び、眼圧が上昇して血管新生緑内障に至ります。通常の緑内障よりも治療が困難とされています。
白内障
硝子体手術を受けた場合、白内障の発症リスクが高まることが知られています。先の項目でも触れましたが、白内障とは加齢とともに目の水晶体が白く濁り視力の低下を引き起こす疾患で、特に高齢の患者さんの場合は現在白内障の症状が見られなくても白内障手術を同時に行うことが一般的です。 白内障の症状は視力低下の他、視界が霞む、光を眩しく感じる、暗い場所と明るい場所で見え方が変わるといったことなどが挙げられます。
眼球内の出血
硝子体手術中には駆逐性出血が発生するリスクがあります。駆逐性出血とは眼球内の動脈からの急激な出血のことで、視力の大幅な低下を引き起こし、最悪の場合には失明につながる可能性もあります。 また、特に糖尿病網膜症の患者さんにおいては硝子体出血が見られることがあります。多くの場合は一時的なもので約2週間で自然に治まります。しかし、出血量が多い場合や出血が長期にわたって持続する場合には再手術が必要です。 なお、駆逐性出血は予測することができません。にもかかわらず、失明のリスクが高いので恐ろしい合併症といえます。
感染症
手術後の日常生活において感染症のリスクは常に存在し、注意を要するものです。手術後の感染症は重篤な状態に至ることがあり、最悪の場合、失明に繋がる可能性もあります。対策を徹底したとしても完全に防ぐことは不可能ではありますが、細心の注意を払う必要があります。
硝子体手術の流れ
非常に繊細で高度な手術と言われる硝子体手術ですが、具体的にはどのような流れで行われるのかを見ていきましょう。
白目の部分に穴を開ける
手術の第一段階として、白目の部分に小さな穴を3ヶ所開けます。この穴から器具を挿入して手術を行います。使用される器具は、眼球の形状を保つための灌流液を注入するための器具、眼内を照らすための照明、そして硝子体を切除するためのカッターと呼ばれる器具です。
硝子体を切除する
カッターによって硝子体の濁りを慎重に取り除きます。必要に応じて網膜上の膜の除去やレーザーによる凝固など、網膜の治療が行われます。
ガスなどを注入する
硝子体手術の最終段階として、疾患の種類や眼内の状況に応じて、空気、ガス、またはシリコンオイルを眼内に注入することがあります。注入された空気は、通常約1週間程度で眼内の水分に置き換わります。重症の場合にはシリコンオイルが注入されますが、眼内の状態が安定した後に再手術をして除去する必要があります。硝子体手術の際にガス注入を行った場合、ガスが残存していると上空で膨張してしまうので危険です。飛行機に乗るなどの決まった用事がある場合は、事前に主治医に相談するようにしましょう。 なお、硝子体手術の際には同時に白内障手術を行うことが多く、これにより硝子体手術がより安全かつ確実に行えるという長所もあります。
硝子体手術後の過ごし方や注意点
手術直後の過ごし方は、手術の効果を最大化し、合併症のリスクを最小限に抑えるために重要です。ここでは、特に眼内にガスを注入した場合の直後の過ごし方に焦点を当てて説明します。
手術直後の過ごし方
眼内にガスを注入した場合、手術直後からうつむき姿勢を取ることが求められます。うつむき姿勢によって網膜にガスをあてて、網膜の正常な位置を保つためです。トイレや食事の時間を除き、就寝時も含めて24時間この姿勢を維持することになるため、患者さんの日常生活はこの期間中大きく変わります。 うつむき姿勢の期間は、疾患の種類や重症度に応じて異なりますが、最短で1日から最長で約2週間程度が一般的です。
手術後の注意点
疾患の種類や手術後の目の状態によって具体的な注意点は様々ですが、ここでは、硝子体手術を受けた後に共通する主な注意事項を解説します。 まず、手術後の目は出血しやすい状態にあります。そのため、目をこすったり強く押さえたりすることは避けましょう。 次に、手術後に処方される点眼薬の使用についてです。点眼薬は、手術後に合併症として起こり得る重篤な炎症や感染症を予防する目的があります。点眼は通常、手術後約3ヶ月間続ける必要があります。 手術後の最初の3日間は、特に重篤な感染症にかかるリスクが高いとされています。この期間中は点眼薬以外の水分が目に入らないよう注意し、洗顔やシャワー、入浴の際にもある程度の制限が必要になります。また、手術後は視力が安定するまでに時間がかかる場合がありますので、車の運転は自己判断をせずに医師の判断を仰ぐことが重要です。
手術後の視力回復
手術後の視力については、疾患の種類や重症度、手術後の目の状態によって回復の程度が異なります。多くの場合、治療効果はゆっくりと時間をかけて現れるでしょう。 一般的な流れとしては、手術から数ヶ月かけて段階的に視力が回復し、半年程度でほぼ安定した状態になることが期待されます。しかし、重症度が高い場合や長期間放置された症状の場合、完全な視力回復は難しい場合もあります。可能な限り元の視力に近づけるためには、症状の早期発見と早期治療が非常に重要です。
まとめ
今回の記事では、硝子体手術の流れ、手術後の注意点、そして視力回復について詳しく解説しました。硝子体手術は多くの疾患に対する有効な治療法であり、多くの患者さんがその恩恵を受けています。しかし、手術にはリスクや合併症の可能性も伴います。したがって、手術を検討する際には医師のアドバイスを十分に理解し、適切なケアを心がけることが不可欠です。この記事が硝子体手術を検討している方やその家族にとって、有益な情報源となれば幸いです。最終的には早期発見と早期治療が視力回復の鍵となることを忘れずに、健康な目のために適切な判断を行いましょう。
参考文献