眼の中にレンズを入れるICL手術は、メガネやコンタクトレンズを使って視力矯正する煩わしさから患者さんを解放してくれます。
毎日のメンテナンスからの解放や、スポーツの場面での自由度の向上、災害の場面での紛失リスク解消など、ICL治療のメリットは広範囲におよびます。
ICL治療は近視の患者さんに限らず、遠視や老眼の患者さんにも選択可能です。
では乱視の患者さんも、ICL治療は可能でしょうか。
以下では乱視のICL治療の可否と一緒に、ICL治療の方法や費用などを解説します。
ICL手術で乱視は治る?
乱視用レンズを用いれば、ICL手術で乱視を矯正することが可能です。
ICL(Implantable Contact Lens)とは眼の中にICL専用レンズを挿入する、屈折矯正手術のひとつです。眼内コンタクトレンズとも呼ばれます。
同じ屈折矯正手術であるレーシック手術のように角膜を削る必要がなく、術後でもレンズを取り出すことができる復元性が魅力です。
またメガネやコンタクトのように着脱やメンテナンスの煩わしさがないことも、患者さんにはうれしいポイントでしょう。
ICL手術はこのようなメリットから、乱視の患者さんを含めた多くの患者さんに選ばれています。
乱視の患者さんの治療には乱視矯正用のトーリックICLを使うため、一般的な近視を矯正するICLとは治療のステップやコストなどに若干違いがあります。
理解しておきたいことは、ICL手術はあくまで近視や乱視などを矯正する手術だということです。ICL手術では、乱視の根本的な治療はできません。
矯正可能な乱視度数
ICL手術で矯正可能な乱視度数の目安は−0.75~−5.0Dです。乱視の強度は、眼の屈曲がどの程度起きているかを指す、ディオプター(ディオプトリー)で表します。
中等度の乱視は−3.0〜−5.0D、強等度の乱視は−5.0〜−9.0Dと定義されているため、ICL手術は一部の強等度乱視の患者さんにも選択できるとわかります。
ICL手術を受けられる条件は乱視度数以外にもあるため、ここで確認しておきましょう。
- 年齢が20歳以上
- 術前1年以上視力が安定している
- 妊娠中・授乳中ではない
- 重症な糖尿病・アトピー性疾患がない
- ほかの眼の病気がない
ただし乱視の規格度数や年齢を含め、手術が可能な条件は実施している医療機関によって若干異なります。
手術の実施条件は事前に確認し、リスクについて担当医師から説明を受けてよく理解したうえで、手術を実施するか決定してください。
矯正できない乱視のタイプ
不正乱視の患者さんはICL手術を受けられません。不正乱視とは角膜の病気によって、角膜の表面がでこぼこになってしまうことで生じる乱視です。
症例が多い正乱視は、角膜のカーブが方向によって違うことで生じています。そのため乱視用ICLレンズでずれている方向を正せば調整可能です。
対して不正乱視は眼の表面に細かい凹凸がついて乱視が生じているため、眼の中に干渉するICLレンズでは対応できません。
不正乱視の原因になりうる角膜疾患には、以下のような疾患が挙げられます。
- 角膜ヘルペス
- 帯状ヘルペス性角膜炎
- 角膜白斑
- 細菌性角膜潰瘍など
不正乱視の一般的な矯正治療法は、特殊なコンタクトレンズや適切なハードコンタクトレンズの使用です。
乱視用ICL手術による治療方法の流れ
乱視用ICL手術は、眼の中に専用のレンズを挿入する手術です。過程は少なく所要時間でいえば、片眼5分程度で終わります。
しかしあくまで内眼手術であるため、手術には熟練した技術が求められます。手術を検討する際は、白内障手術など内眼手術の知識と経験が豊富な医師にお願いしましょう。
以下では乱視用ICL手術の具体的な流れを、検査のステップと一緒に解説します。
適応検査
適応検査は、患者さんの眼の状態からICL手術が可能か確認する検査です。具体的には以下の検査を行います。
- 他覚的屈折検査
- 自覚的屈折検査
- 角膜形状解析
- 角膜内皮細胞検査
- 眼圧検査
- 前房深度値・前眼部画像解析
- 涙液検査
- 瞳孔径測定
- 細隙灯顕微鏡・精密眼底検査
複数の検査から、ICL手術が患者さんに適応するかを確認します。
適応検査では瞳孔を大きく広げる目薬(散瞳剤)を使用するため、検査後4~8時間は目薬の作用で眼が見えづらくなります。適応検査当日の運転は避けましょう。
術前検査
術前検査
は手術をするために行う検査です。一般的に検査には複数回の受診が必要です。具体的には以下のような項目を検査します。
- 視力
- 角膜形状解析
- 角膜内皮細胞密度
- 角膜厚
- 眼圧
- 瞳孔径
- 前房深度
- 血液など
検査の前は、コンタクトレンズの使用を中止する必要があるので注意しましょう。
ハードコンタクトレンズは3週間前までに、乱視入りコンタクトレンズは2週間前までに、ソフトコンタクトレンズは1週間前までに外しておきます。
点眼麻酔
ICL手術の麻酔では、点眼麻酔を選択するのが一般的です。一般的な目薬の要領で麻酔を点眼し、眼表面の感覚を麻痺させます。
全身麻酔のように事前の準備や検査が必要なく、身体的負担が少ない点がメリットです。
意識もはっきりしたまま手術に移ることができるため、患者さんと医師が意思疎通しながら手術を進められます。
しかし手術中安定を保てない、患者さんの希望があるなどの特別なケースでは、全身麻酔でのICL手術も可能です。
手術の実施
乱視ICL手術の具体的な方法を確認しましょう。
- 次にレンズの挿入です。角膜の縁を開いた切開部分から、虹彩と水晶体の間にレンズを挿入します。
- そしてレンズを虹彩と角膜の間できれいに伸ばし、固定します。近視用のICL手術はここで手術終了です。
- 乱視用ICLレンズであるトーリックICLを挿入する場合は、レンズ挿入後、角度の調整が必要です。専用のガイドを用いて位置合わせをした後、手術が完了します。
ICL手術は消毒や器具の準備を含めても、両眼で20分程度で完結します。
乱視用ICL手術の費用
乱視用ICL手術は保険適用を受けられない自費診療です。
手術費用は医療機関によって異なります。一般的なICL手術の相場は両眼で400,000〜800,000円程度です。
乱視用ICL手術の場合はレンズ費用・手術費用ともに、一般的なICL手術よりも高く設定されます。
高額の治療になるため、患者さんも納得して治療を受けられるよう、適応検査やカウンセリングの段階でよく説明を受けましょう。
ICL手術による乱視治療の合併症・リスク
ICL手術は角膜を削るレーシック手術と比べ、眼への負担が少ない矯正治療法です。ごく稀に術後感染リスクがありますが、手術の影響で失明することはまずありません。
ICLが生活に合わないと患者さんが感じれば、レンズを取り出して眼をもとの状態に復元することも可能です。
低リスクと復元性のメリットが多く語られるICLですが、どのような合併症やリスクが心配されるのでしょうか。
以下でICL手術で報告されている合併症・リスクを紹介します。
- ドライアイ
- ハロー・グレア
- 感染症
- 眼内炎
- 過矯正
- 眼精疲労
- 老眼への影響
- 白内障
- 緑内障の悪化など
以下で特に代表的な症状について、詳しく解説します。
レンズのずれ・回転
ICLレンズは眼内で癒着を起こさない特性を持っています。そのため眼内でずれたり、回転したりする可能性があります。
近視のみの矯正であれば、レンズが回転しても見え方に問題はありません。
しかし乱視矯正のためには、レンズが狙ったとおりの角度で眼内に入っていなければ十分な矯正効果が得られません。
乱視用ICLレンズがずれたり、回転したりした場合は位置を戻す手術を行ったり、レンズを大きいサイズに変更して回転しにくくしたりします。
ハロー・グレア
ICL手術後はハローとグレアが強く現れることがあります。
ハロー(halo)とは暗いところで光を見たときに、光の周りに滲んだ輪が見える現象です。
グレア(glare)とは暗いところで光を見たときに、ギラギラととても眩しく見える現象です。夜間に明るいライトを見たときの見え方をイメージするとよいでしょう。
ハローとグレアは術後の時間経過とともに気にならなくなるケースがほとんどです。
感染症
ICL手術は外科手術であるため、一定の感染症リスクがあります。眼内に感染すると眼内炎が引き起こされ、以下のような症状が現れます。
- 急激な視力低下
- 霧視
- 眼痛
- 眼の充血
一部の感染性眼内炎では、網膜組織が壊死して急激に失明するケースもあります。
感染性眼内炎はとても怖い疾患ですが、その発生率は6000眼に1例程とごく稀です。
さらに術後の検診で早期発見し、適切な処置をすれば眼内炎が重篤化しないこともわかっています。術後の定期検査は必ず受け、感染症リスクを抑えましょう。
白内障・緑内障
孔のないICLレンズを使うと、1.1〜5.9%程度の確率で白内障が起こります。
しかし中心部に孔の開いたホールICLでは、白内障の発生率が0.49%ととても低くなることがわかっておりICL治療の主流となっています。
また、もともと緑内障を発症している患者さんは注意が必要です。術後の眼圧増加が、視野欠損を悪化させるリスクがあるためです。
ICL治療には若干の白内障発症リスクと、緑内障悪化リスクがあると理解しておきましょう。
乱視治療でICLの摘出・再手術が必要になるケース
乱視治療でICLの摘出・再手術が必要になるのは、乱視用ICLレンズがずれたケースと白内障を含む眼疾患を発症したケースです。
乱視用ICLレンズがずれたケースでは、乱視の矯正効果が薄れている状態にあるため、まずはレンズを適切な位置に戻す整復手術が必要です。
それ以降もレンズがずれたり、回転する様子であれば、さらにレンズを大きなサイズに交換する手術が必要になります。
白内障を含む眼疾患を発症したケースでは、ICLレンズを入れたままでは、症状の悪化や治療の妨げにつながるため、速やかにレンズを取り外します。
屈折矯正手術でありながら、眼疾患があれば治療をとりやめられるのは、ICLの大きなメリットのひとつです。
ICL手術後の注意点・過ごし方
ICL手術を受けると、手術翌日には視力が矯正でき、痛みも違和感も少なく快適な視野を実感できるケースがほとんどです。
しかし、眼の状態が安定するまでは手術後3ヵ月は必要です。それまでは歯科医師の指導を受けながら、眼を労って過ごす必要があります。
特に注意したいのが、術後稀に現れる合併症である感染症です。感染症は早期発見しなければ失明のリスクが高いため、術後検診で特に注意してチェックされます。
患者さんも眼の違和感があればすぐに病院を受診できるよう、手術後1週間はスケジュールに余裕を持たせておくとよいでしょう。
保護メガネの着用
ICL手術後は角膜の縁に切開創が残っています。
この創が塞がるまでは、眼に異物が入ることや手で擦ってしまうことを防ぐために、保護メガネの着用が推奨されています。
少なくとも1週間は着用を続けて眼を守ってください。無意識に目元を触ってしまうこともあるため、この期間は就寝中も保護メガネをかけておきましょう。
さらに感染症のリスクを抑えるためには、4週間は保護メガネの着用を続けるのが効果的です。
保護メガネをやめるタイミングは、患者さんの眼の状態やライフスタイルにより異なるため、医師のアドバイスにしたがってください。
定期検診
ICL手術の後は手術翌日、1週間後・1ヵ月後・3ヵ月後・6ヵ月後・1年後の頻度で検診のために来院を求められるのが一般的です。
この定期検診では以下のポイントをチェックします。
- 視力
- 眼圧
- レンズの位置
- 眼内の炎症
- 点眼薬に対する反応など
術後1年かけての定期検診の後も、年に1回程度の頻度で定期検診を続けることをおすすめします。
患者さん自身の視力や眼の状態が把握でき、眼疾患を予防するためのアドバイスを医師から受けられるためです。
日常生活の制限
ICL手術後は細菌感染を防ぐため、手術の創が塞がるまでの1週間は日常生活に制限が付きます。具体的には以下の行動が制限されます。
- 洗顔・洗髪
- 運動・飲酒
- 車やバイクの運転
- アイメイク・ベースメイク
また以下のような行動は、術後1ヵ月後まで制限されます。
- コンタクトレンズ・カラーコンタクトレンズの着用
- まつ毛パーマ・まつ毛エクステ
眼の状態が安定するまでは、強い刺激を避けて過ごしましょう。
まとめ
ICL手術で乱視を治すことはできませんが、矯正は可能です。程度のひどい乱視や不正乱視でなければ、乱視用のトーリックICL治療を受けられます。
乱視ICL手術の大まかな流れは、近視を矯正する一般的なICL手術とほとんど同じです。角膜の端に小さな創を付け、虹彩と水晶体の間にレンズを挿入します。
乱視のICL手術ではレンズを眼内に展開する際、適切な角度に入れるため専用ガイドを使って調整するステップが加わります。
ICL治療は自費診療です。費用は医療機関によって異なります。
ICL手術で気を付けたい合併症は感染症です。術後は保護メガネで眼を感染リスクから守ります。さらに定期的な検診で感染症の早期発見ができる体制を設けられます。
ICLは角膜を削ることなくできる屈折矯正手術です。特に乱視の患者さんにとっては、乱視度数が大きいためにレーシック手術を受けられなかった際の選択肢にもなっています。
またICL治療はメガネやコンタクトレンズを管理する煩わしさから、患者さんを解放してくれる手段でもあります。
ICL手術での乱視矯正を検討する際は、リスクやコストを理解したうえで医師とよく相談しましょう。
参考文献