緑内障とは、視野が狭くなる目の病気です。自分自身では気づかないうちに徐々に進行し、末期には視力が低下し、最終的には失明に至ります。緑内障の治療において重要なポイントは、眼圧を下げることです。
一方で、眼圧を上昇させる抗コリン作用をもつ薬剤が、さまざまな病気の治療に用いられています。そのため、以前は緑内障患者さんには抗コリン薬の使用を避けるように、注意喚起がされていました。
しかし、2019年に緑内障患者さんの抗コリン薬の使用について見直しが行われ、抗コリン薬の添付文書の「禁忌」の項目が改訂されました。 ここでは、緑内障患者さんが抗コリン薬を使用しても問題ないのかについて、詳しく解説します。
緑内障や抗コリン薬についてもまとめていますので、参考にしてください。
緑内障でも抗コリン薬を使用して問題ない?
抗コリン薬には眼圧を上昇させる作用があり、これまでは緑内障患者さんすべてが使用禁忌でした。
しかし、緑内障にもさまざまな種類があります。そのなかでも、開放隅角緑内障の患者さんが、抗コリン薬によって急激な眼圧上昇をきたすことは基本的にないと考えられています。
そのため、以前は「禁忌」の項目には「緑内障」と一括りに記載されていましたが、「閉塞隅角緑内障」と記載が具体的になりました。
ただし、これまでに抗コリン薬の使用に緑内障を注意喚起していたことや作用機序などを踏まえ、「慎重投与」の項目に「開放性隅角緑内障」が追記されました。
抗コリン薬の効果は?
抗コリン薬は副交感神経遮断薬であり、ムスカリン性アセチルコリン受容体を遮断します。ムスカリン性アセチルコリン受容体は、自律神経節・中枢神経系・心臓・平滑筋・分泌腺など全身に存在します。
抗コリン薬は、これらの場所に存在するムスカリン性アセチルコリン受容体を遮断することで、さまざまな作用を示す薬剤です。
たとえば、気管支を収縮させる副交感神経の働きを抑えて気管支を拡張させるため、気管支喘息の治療薬として用いられています。慢性閉塞性肺疾患(COPD)でも薬物療法の中心として利用されている薬剤です。
また、胃や腸管の緊張低下と運動の抑制により鎮痙作用を示します。内視鏡検査の前に、検査を行いやすくする目的で、腸管の動きを止めるのに用いる薬剤です。
さらに、排尿障害の治療にも用いられています。膀胱の筋肉の収縮を抑制することで、膀胱に尿が溜まるように働きます。
このように、抗コリン薬は臨床の現場において、さまざまな病気の治療に用いられているのです。
抗コリン薬が用いられるのはどのようなとき?
前述したように、抗コリン薬は自律神経節・中枢神経系・心臓・平滑筋・分泌腺に存在するムスカリン性アセチルコリン受容体を遮断することで、さまざまな病気の治療に用いられています。
ここでは、抗コリン薬が処方される病気や症状について、詳しく解説をします。
パーキンソン病
パーキンソン病とは、中脳の黒質のドパミン産生細胞が減少することにより、運動障害を引き起こす病気です。ドパミンの減少は、大脳基底核の一部である線条体の機能に影響を与えます。
線条体にはドパミンのほかにアセチルコリンが存在し、両者はバランスをとっています。パーキンソン病ではドパミンの減少により両者のバランスが崩れ、相対的にアセチルコリンが過剰になるのです。
そこで抗コリン薬を使用することで、相対的にドパミンを増やし、両者のバランスを是正します。特に、振戦を伴う軽症例に対して有効です。
しかしながら、近年ではパーキンソン病の患者さんはアセチルコリンも減少していることや、抗コリン薬の精神症状の副作用が多いことが知られています。そのため、特に高齢者では使用は控えた方がよいとされています。
腹痛
急な腹痛は、主に胃腸の過剰な働き(けいれん)によって生じます。消化管の運動は副交感神経によって支配されているため、副交感神経遮断薬の抗コリン薬は、腹痛の際に処方が検討される薬剤です。
頻尿
頻尿とは、排尿の回数が多いことを指す症状です。頻尿の原因はさまざまですが、抗コリン薬は過活動膀胱の治療に用いられます。
過活動膀胱は、膀胱内に尿が十分に溜まっていないのに、自分の意志とは関係なく膀胱が収縮する病気です。急に尿意をもよおす尿意切迫感や頻尿の症状がみられます。
通常、排尿の状態とは副交感神経が優位の状態です。過活動膀胱のように、膀胱内に尿が溜まらない内に膀胱が収縮してしまうのは、副交感神経が優位の状態にあるといえます。
抗コリン薬の作用により、膀胱に存在するムスカリン性アセチルコリン受容体のアセチルコリンの働きを阻害します。これにより、膀胱の過剰な収縮を抑えることで、頻尿の改善が可能です。
気管支喘息
抗コリン薬はムスカリン性アセチルコリン受容体を阻害し、気管支平滑筋の収縮を抑制します。この作用により、気管支拡張効果を示します。
そのため、抗コリン薬は気管支喘息やCOPDの治療に用いられる薬剤の一つです。抗コリン薬はβ2刺激薬に近い気管支拡張効果が期待されています。
麻酔前投薬
ムスカリン性アセチルコリン受容体は、中枢神経系にも存在します。
抗コリン薬は、ムスカリン性アセチルコリン受容体M1を阻害することで、鎮静効果を発揮します。この鎮静効果を利用して、全身麻酔の前投薬などに用いられ、少量で鎮静を得ることが可能です。
眼科検査
抗コリン薬は、ムスカリン性アセチルコリン受容体M3を遮断することで瞳孔括約筋を弛緩させ、散瞳が生じます。散瞳とは瞳孔が広がることです。
その際に眼の毛様体筋も弛緩するため、眼圧上昇が引き起こされます。そのため、緑内障の患者さんには抗コリン薬の使用は禁忌とされてきました。
眼底検査では、抗コリン薬の散瞳の作用を用いて、検査を行います。
緑内障の種類
緑内障は、眼圧が上がる原因によって、原発緑内障・発達緑内障・続発緑内障の3つに分類されます。原発緑内障は眼圧上昇の原因が不明な緑内障です。原発緑内障はさらに、開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障に分類されます。
ここでは、それぞれの緑内障の特徴や治療方法について、詳しく解説します。
原発開放隅角緑内障
原発開放隅角緑内障は、房水の流出経路である隅角が目詰まりを起こして、眼圧が上昇することで生じる緑内障です。
原発開放隅角緑内障は眼圧上昇が軽度であり、慢性緑内障であることがほとんどです。視野障害の進行も通常はゆっくりなため、病気が進行するまで自覚症状はほとんどありません。
原発開放隅角緑内障の治療の基本は、点眼薬で眼圧を下げることです。それでも十分に眼圧が下がらない場合や、眼圧が下がっても視野障害が進行する場合は、レーザー治療(隅角光凝固術)もしくは手術を行います。
手術の選択肢には、房水の流れ出る線維柱帯を開く手術(線維柱帯切開術)や、房水の出口を別の場所に新たにつくる手術(線維柱帯切除術)があります。
原発閉塞隅角緑内障
原発閉塞隅角緑内障は、房水の流出経路である隅角が狭くなり、眼圧が上昇することで生じる緑内障です。
原発閉塞隅角緑内障では、何らかの原因で隅角が急速に閉塞して著しい眼圧上昇を引き起こすことがあり、一般的に急性緑内障発作と呼びます。
急性緑内障発作では、眼痛・充血・目のかすみ・頭痛・吐き気などの症状を呈します。短時間で失明に至る可能性もあるため、迅速な医療対応が必要です。
原発閉塞隅角緑内障では、急激に眼圧が上昇する急性緑内障発作を予防することが重要です。隅角が閉塞しにくくなるようにレーザーで小さな穴を開けるレーザー光彩切開術や、白内障手術が行われます。
正常眼圧緑内障
原発開放隅角緑内障のうち、眼圧が正常値(20mmHg以下)にもかかわらず、視野欠損が生じる緑内障です。日本人に多くみられ、緑内障患者さんの約60~70%が、正常眼圧緑内障です。
正常眼圧緑内障の詳しい発症メカニズムは、まだ明らかにされていません。
視神経の血流が悪い・遺伝・免疫・酸化ストレスなど、さまざまな原因によって、正常範囲の眼圧でも視神経が障害されるのではないかと考えられています。
正常眼圧緑内障は病気の進行が緩やかで自覚症状に乏しいため、患者さんが無自覚の場合が多いです。 正常眼圧緑内障の治療も、眼圧を下げることが重要です。
正常眼圧緑内障の患者さんの眼圧は正常範囲ではあるものの、病気が発症したときよりもさらに低い眼圧を維持すれば、病気の進行を抑えられる可能性があります。
発達緑内障
発達緑内障は隅角の発育異常により眼圧が上昇し、視神経が障害される病気です。日本での発症頻度は、約3万人に1人です。
生後1歳までに発症する早発型発達緑内障と、10代から20代で発症する遅発型発達緑内障に分けられます。
早発型発達緑内障では、眼球拡大・流涙・羞明・眼瞼けいれん・角膜混濁・角膜径拡大などの症状がみられます。羞明は光を極端に眩しく感じることであり、角膜径拡大は黒目が大きく見えることです。
早発型発達緑内障では、薬物療法の効果が低いため、早期に手術を行います。線維柱帯切開術もしくは、隅角切開術などが行われます。
一方、遅発型発達緑内障では、早発型発達緑内障のような症状はありません。自覚症状も乏しく、発見が遅れる場合があります。
遅発型発達緑内障では、まず最初に行うのは薬物療法です。薬物療法では眼圧が十分に下がらない場合は、手術を行います。
発達緑内障は小児における重篤な視覚障害の原因となるため、早期発見・早期治療が重要です。
続発緑内障
続発緑内障は、外傷・ぶどう膜炎・白内障・糖尿病・ステロイド薬の副作用などが原因で眼圧が上昇し、二次的に引き起こされる緑内障のことです。
続発緑内障の場合は、緑内障の治療だけでなく、原因となっている病気や外傷の治療も不可欠です。ステロイド薬が原因で生じている場合は、ほかの薬剤への変更により眼圧を下げる効果が期待できます。
緑内障で抗コリン薬の使用が禁忌となる閉塞隅角緑内障
以前は、緑内障患者さんへの抗コリン薬の使用に関しては、使用を避けるように注意喚起が図られてきました。これは、抗コリン薬は隅角閉塞を引き起こす可能性があり、急性緑内障発作の発症を防ぐためでした。
しかし、全身性に作用するムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗薬は、閉塞隅角緑内障になりやすい患者さん以外はほとんど眼圧に影響を与えません。
そのため、2019年に抗コリン薬の添付文書において「禁忌」とされていた緑内障患者さんについて、見直しが行われました。これまで「緑内障」と一括りに記載されていたものが、「閉塞隅角緑内障」に改訂されたのです。
ただし、開放隅角緑内障の患者さんに関しては、抗コリン薬を投与した際に急性緑内障発作のリスクを完全に否定できないため「禁忌」ではなく「慎重投与」と追記されました。
緑内障の人が眼圧上昇を防ぐために気をつけたいこと
緑内障を進行させないために大切なことは、医師の指示を守り、点眼薬を適切に使用することです。それ以外にも、日常生活で眼圧を上げないために気をつけるべきポイントがあります。
ここでは、眼圧上昇を防ぐために気をつけることを、3つ紹介します。
うつぶせで寝る
長時間うつぶせの姿勢をとると、眼圧は上昇します。また、急性緑内障発作が夜に多く発生し、うつ伏せの姿勢ときに起こりやすいとされています。これは、うつぶせの姿勢において、水晶体が眼球の前方へ移動するためです。
閉塞隅角緑内障において、うつむきの姿勢は急性緑内障発作の危険因子とされているため、長時間うつぶせの姿勢をとるのは避けましょう。
スマホ・タブレットなどで長時間下を向いて作業する
デスクワークなどで、長時間下を向いたままの姿勢でいることも、避けた方がよいでしょう。長時間下を向いていると、水晶体が眼球の前方に移動して房水の流れが滞り、眼圧が上昇する可能性があるためです。
閉塞隅角緑内障の患者さんが長時間下を向く姿勢をとることも、うつぶせと同様に急性緑内障発作が起きやすいため、注意が必要です。
暗い場所で作業する
急性緑内障発作は夜に多く発生しています。なぜなら、暗い場所で作業することが、眼圧の上昇に関与しているためです。
暗い場所では光を取り込もうと、瞳孔が広がります。散瞳することで角膜と光彩が接触して隅角が閉塞されることがあり、眼圧は一時的に上昇します。
作業をするときは暗い場所では行わずに、できるだけ明るい場所で行うようにしましょう。
まとめ
抗コリン薬は、さまざまな病気の治療に用いられている薬剤です。かつては抗コリン作用により緑内障が悪化する可能性があったため、緑内障患者さんには使用禁忌とされていました。
しかし、2019年の緑内障患者さんの抗コリン薬の使用禁忌に関する見直しが行われ、閉塞隅角緑内障以外の緑内障の患者さんに対しては、抗コリン薬の使用が可能になりました。
この改訂により、開放隅角緑内障の患者さんにとって、治療の幅が広がったのです。
しかし、開放隅角緑内障の患者さんでも、抗コリン薬の使用には慎重な投与が必要です。使用の際には医師の説明をよく聞き、もし症状があらわれたらすぐに受診するようにしましょう。
参考文献
- 緑内障ってどんな病気?|公益社団法人 日本眼科医会
- 抗コリン薬の禁忌「緑内障」等の見直しについて
- 副交感神経興奮薬(コリン作動薬)|名城大学薬学部
- 抗コリン薬|独立行政法人 環境再生保全機構
- 副交感神経遮断薬(抗コリン薬、抗ムスカリン薬)|名城大学薬学部
- パーキンソン病(指定難病6)|公益財団法人 難病情報センター
- パーキンソン病の治療|独立行政法人 国立病院機構 宇多野病院 関西脳神経筋センター
- Ⅲ 胃腸に作用する薬
- 尿が近い、尿の回数が多い~頻尿~|一般社団法人 日本泌尿器科学会
- 頻尿の薬の作用と副作用
- 気管支喘息における抗コリン薬の意義
- 質疑応答|公益財団法人 福岡県薬剤師会
- 緑内障 |公益財団法人 日本眼科学会
- よくわかる緑内障―診断と治療―|公益社団法人 日本眼科医会
- 正常眼圧緑内障について|独立行政法人 労働者安全機構 関東労災病院
- 発達緑内障(先天緑内障)|日本小児眼科学会
- 緑内障 |一般社団法人 奈良県医師会
- うつむき試験陰性狭隅角患者の仰臥位と伏臥位における 隅角開度および前房深度の比較
- 抗コリン薬と緑内障