糖尿病は全身の血管に影響を及ぼす病気であり、目の網膜に障害を引き起こす糖尿病網膜症は、進行すると視力低下や失明のリスクがある重大な合併症の一つです。
本記事では糖尿病網膜症に対する硝子体手術について以下の点を中心にご紹介します。
- 糖尿病網膜症とは
- 糖尿病網膜症の治療
- 硝子体手術の流れ
糖尿病網膜症に対する硝子体手術について理解するためにもご参考いただけますと幸いです。
ぜひ最後までお読みください。
糖尿病網膜症について
糖尿病網膜症とはどのようなものなのでしょうか?以下で詳しく解説します。
糖尿病網膜症
糖尿病網膜症は、糖尿病によって引き起こされる目の合併症の一つであり、網膜の毛細血管が障害を受けることで発生する疾患です。進行すると視力低下を招き、失明の原因となることもあります。
実際に、日本における失明原因の上位を占めており、糖尿病の方の増加とともにリスクも高まっています。
この病気は、血糖値が高い状態が長期間続くことで網膜の血管がもろくなり、出血や浮腫が発生することが特徴です。初期の段階では自覚症状がほとんどないとされているため、気付かないうちに進行してしまうケースも少なくありません。
糖尿病網膜症は進行度によって、以下の3つのステージに分類されます。
【単純網膜症】
小さな出血や白斑が網膜に現れますが、視力への影響はほとんどないとされています。この段階では、適切な血糖コントロールが重要です。
【増殖前網膜症】
血管の閉塞が進行し、網膜への酸素供給が低下します。自覚症状は軽度ですが、放置すると増殖網膜症へ移行する可能性があります。進行を抑えるため、レーザー治療(網膜光凝固術)が行われることがあります。
【増殖網膜症】
網膜に異常な新生血管が発生し、硝子体出血や網膜剥離のリスクが高まります。視力障害や飛蚊症(視界に黒い点や影が見える症状)が現れることがあります。この段階では、レーザー治療だけでなく、硝子体手術が必要になる場合があります。
糖尿病網膜症の恐ろしい点は、ある程度進行しても視力に大きな異常を感じない場合があることです。そのため、早期発見と適切な治療が重要になります。糖尿病と診断された方は、定期的に眼科検診を受け、網膜の状態をチェックすることが推奨されます。
糖尿病網膜症の検査・診断
糖尿病と診断された方は、網膜症の症状がない場合でも年に1回の眼科検診を受けることが推奨されています。
眼科で行われる主な検査には、以下のようなものがあります。
1.問診
糖尿病の管理状況や全身の健康状態、内科での治療経過を確認します。血糖コントロールの状態や既往歴が重要です。
2.視力検査・屈折検査
視力の変化を測定し、糖尿病による視力低下の有無を確認します。
3.眼圧測定
眼圧を測定し、緑内障や眼圧の異常がないかをチェックします。糖尿病網膜症は緑内障と関連することがあるため、重要な検査の一つです。
4.眼底検査
眼底の網膜や血管の状態を観察する検査で、網膜症の診断に欠かせません。検査方法には以下のような種類があります。
- 直像鏡検査・倒像鏡検査:眼底の状態を直接観察する検査
- 直像鏡検査・倒像鏡検査:眼底の状態を直接観察する検査
- 蛍光眼底造影(FAG):造影剤を使用し、網膜の血流や血管の異常を詳細に調べる検査
- 光干渉断層計(OCT):網膜の断層画像を撮影し、糖尿病黄斑浮腫などの診断に用いられる検査
5.細隙灯顕微鏡検査(スリットランプ検査)
結膜や角膜、虹彩、硝子体の状態を観察し、炎症や異常がないかを確認します。
糖尿病網膜症の治療
糖尿病網膜症の治療には以下のようなことがあります。
レーザー光凝固術
レーザー光凝固術は、糖尿病網膜症の進行を抑え、失明を防ぐために行われる重要な治療法です。この治療では、特殊なレーザーを用いて網膜に光を照射し、異常な血管の発生を抑制します。
【レーザー光凝固術の目的】
糖尿病網膜症が進行すると、網膜の血流が滞り、酸素不足に陥ります。結果、体は酸素を供給しようと新生血管を作りますが、これらの血管は脆く、破れやすいため、硝子体出血や網膜剥離といった深刻な合併症を引き起こします。
レーザー光凝固術は、網膜の一部を熱凝固させることで酸素の消費量を減らし、新生血管の発生を抑える効果が期待できます。この治療により、糖尿病網膜症の進行を抑え、視力を維持することが期待できます。
【治療の流れ】
日帰り手術ができ、片眼あたりの施術時間は10分程度です。施術は1回で終了しますが、病状によっては複数回に分けて治療を行うこともあります。
硝子体手術
硝子体手術は、眼内の硝子体と呼ばれる透明な組織を取り除き、網膜や硝子体の病気を治療する外科手術です。繊細な手技が求められ、白目(強膜)に小さな穴を開け、専用の器具を挿入して手術を行います。
手術は主に局所麻酔下で行われますが、症例によっては全身麻酔が適用される場合もあります。
硝子体手術は、硝子体の異常が視力低下の原因となる病気に対して行われます。主な適応疾患は以下のとおりです。
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- 網膜剥離:網膜が眼球内で剥がれ、視力が低下する病気
- 硝子体出血:糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などが原因で、硝子体内に出血が生じる状態
- 増殖糖尿病網膜症:糖尿病による新生血管の発生と増殖膜の形成により、視力が損なわれる疾患
- 黄斑上膜・黄斑円孔:網膜の中心部(黄斑)に異常が生じる病気
- 網膜静脈閉塞症:眼の血管が詰まり、出血や浮腫を引き起こす疾患
- 眼内炎:眼内の細菌感染による炎症
- 水晶体核落下:白内障手術後に水晶体の核が眼内に落ちるケース
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硝子体注射
硝子体注射は、目の硝子体内に直接薬剤を注射する治療法で、糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫、増殖糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性などの疾患に対して行われます。この治療法は、炎症を抑えたり、新生血管の発生を抑制したりする目的で実施され、進行を防ぐ効果が期待できます。
硝子体注射の治療は、外来で行われる短時間の処置で、点眼麻酔または局所麻酔の後、細い針を使用して眼球内に薬剤を注入します。手技自体は数分で終了し、術後の経過観察を行った後に帰宅が可能とされています。
術後は感染症や眼圧上昇などの合併症が起こる可能性があるため、治療後は経過観察が必要です。
硝子体手術の流れ
硝子体手術の流れを以下に説明します。
1.麻酔と準備
手術前に点眼麻酔とテノン嚢下(のうか)麻酔(または球後注射)を行い、痛みを抑えます。手術室で目の消毒を行い、清潔なドレープをかけた状態で施術が開始されます。痛みに敏感な方には、必要に応じて術中に追加麻酔を行うこともあります。
2.白目の部分に小さな穴を開ける
白目の部分に小さな3つの穴(創口)を開けます。 これらの穴は、手術中に複数の目的で利用されます。まず、眼球の形態を維持するために内部に灌流液を注入します。次に、手術部位を明るく照らすための光源を挿入します。さらに、硝子体を切除するためのカッターや、レーザー治療機器などの手術器具を挿入するために使用されます。
3.硝子体の切除と膜の除去
濁った硝子体を切除し、網膜に影響を及ぼしている増殖膜を除去します。ピンセット状の器具を用いて異常な膜を取り除くほか、厚みのある膜はハサミで切除することもあります。 必要に応じて、網膜にレーザー光を照射して病変の進行を抑えます。
4.網膜治療と手術の仕上げ
剥離や黄斑円孔などの疾患がある場合は、灌流液をガス(SF6、C3F8)に入れ替えて、剥がれた網膜を元の位置に戻します。 ガスを注入した場合、術後は一定期間うつ伏せ姿勢を取る必要があります。これは網膜が適切な位置で固定されるために重要です。白内障を合併している患者さんには、手術時に白内障手術も同時に実施されることがあります。
5.術後の経過
手術時間は症状の重さによって異なりますが、軽症で約1時間、重症の場合は2時間程かかることがあります。眼帯は3日程度で外せますが、医師の判断により異なります。 手術後の視力回復は個人差があり、病状の進行度や併発疾患の有無によって異なります。
6.入院の必要性
硝子体手術は、日帰りまたは短期間の入院で行われます。全身状態が不安定な場合や、重症例では入院での治療が推奨され、適切な医療機関が紹介されることがあります。
硝子体手術の合併症
硝子体手術の主な合併症を5つ、以下に解説します。
眼内炎
眼内炎とは、目の内部に細菌や真菌(カビ)が侵入し、炎症を引き起こす感染症です。術後の傷口などから病原体が入り込み、眼内で繁殖することで重篤な視力障害をもたらし、適切な治療が遅れると失明のリスクもあります。
駆逐性出血(くちくせいしゅっけつ)
駆逐性出血とは、手術中に眼の内部で突然起こる大出血のことで、視力に重大な影響を及ぼす可能性があります。眼の奥にある動脈から出血が発生すると、網膜や硝子体に広がり、手術の継続が困難になる場合もあります。
発生頻度は低いものの、予測不可能なうえに、予後が悪いという特徴があります。
網膜裂孔・網膜剥離
手術中にカッターや鑷子が網膜に触れてしまった場合や、網膜と増殖膜の癒着が強い場合、硝子体を除去する際に網膜が引っ張られ、穴が開いたり(網膜裂孔)、網膜が剥がれたり(網膜剥離)することがあります。
網膜裂孔が発生した際には、裂孔周囲にレーザーを照射し、網膜剥離へ進行するのを防ぎます。一方で、網膜剥離が生じた場合は、眼内に特殊なガスやオイルを注入し、網膜を元の位置に戻します。
ガスやオイルを使用した場合、浮力を利用して網膜を押さえつけるため、術後しばらくの間(1〜2日程)は、食事やトイレ以外の時間をうつ伏せの姿勢で過ごす必要があります。
ガスを注入した場合、体内から抜けるまでには2週間程かかります。特に術後1週間程度は、ガスが視界を遮るため、ほとんど視力が回復しません。オイルを使用した場合、自然に体内から抜けることはないため、術後数ヵ月後にオイルを取り除く追加手術が必要になります。
黄斑円孔
膜と黄斑の癒着が強い場合、網膜の中心部である黄斑部に穴が開いてしまうことがあります。その際は、手術の最後に眼内へガスを注入し、穴を閉じる処置を行います。
白内障
硝子体手術と同時に白内障手術を行わなかった場合、術後しばらくしてから白内障の症状が現れることがあります。硝子体手術を受けたほとんどの方に生じるため、手術のタイミングを考慮し、同時または後日白内障手術を行うことを推奨しています。
硝子体手術後の注意点
硝子体手術後の注意点は以下のとおりです。
術式によってうつぶせ姿勢を指示されることがある
前述したように、眼内に医療用ガスを注入した場合、その浮力を利用して網膜を眼底に固定させるため、手術直後からうつぶせ姿勢を維持する必要があります。食事やトイレの際を除き、就寝中も継続することが求められます。
うつぶせ姿勢を続ける期間は、疾患の状態によって異なり、早くて1日、長い場合は2週間程度となります。
視力が回復する期間は個人差がある
手術後の視力回復のスピードには個人差があります。早い方では1週間程度で視力が回復することもありますが、回復に1ヶ月程かかる場合もあります。
また、網膜の機能が損なわれていると、視力の改善がほとんど見られないこともあります。さらに、術後の視力が安定するまでには、6ヶ月ほどかかることがあります。
糖尿病網膜症を予防するポイント
糖尿病網膜症を予防するポイントは以下のとおりです。
血糖をコントロールする
血糖管理が不十分な方ほど、糖尿病網膜症を発症しやすく、また重症化しやすい傾向があるとされています。臨床研究においても、血糖値を積極的に管理したグループは、緩やかな血糖コントロールを行ったグループに比べて、糖尿病網膜症の発症率が低いことが示されています。
ただし、血糖値を急激に下げると、一時的に網膜症が悪化する可能性があるとされているため、すでに網膜症を発症している場合は、慎重に血糖コントロールを行う必要があります。
血圧をコントロールする
高血圧は、それ自体で網膜に異常を引き起こすことがあり(高血圧性網膜症)、さらに糖尿病網膜症を悪化させる要因にもなると考えられています。
そのため、適切な血圧管理は、網膜症の発症を防ぎ、進行を抑えるために重要です。アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)といった降圧薬は、網膜症の発症を抑える効果が期待できます。
定期的に眼科検診を受ける
糖尿病の方にとって、眼科での眼底検査は重要です。これは糖尿病網膜症の有無や進行状況を確認するために行われます。
たとえ自覚症状がなくても、糖尿病の方は定期的に眼科検診を受けることが推奨されます。病気の早期発見・早期治療のためにも、担当医の指示に従い、適切なタイミングで受診するよう心がけましょう。
まとめ
ここまで糖尿病網膜症に対する硝子体手術についてお伝えしてきました。糖尿病網膜症に対する硝子体手術についての要点をまとめると以下のとおりです。
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- 糖尿病網膜症は、糖尿病によって引き起こされる目の合併症の一つであり、網膜の毛細血管が障害を受けることで発生する疾患である
- 糖尿病網膜症の治療には、レーザー光凝固術や硝子体手術などが挙げられる
- 硝子体注射は、目の硝子体内に直接薬剤を注射する治療法で、糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫などの疾患に対して行われる
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糖尿病網膜症は進行すると視力低下や失明のリスクを伴いますが、早期発見と適切な治療により、その進行を抑えることが可能とされています。
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。