硝子体とは水晶体と網膜の間にある透明な組織で、目の中の構造の大半を占めています。加齢など何らかの異常が起こることにより、硝子体が網膜を引っ張る・硝子体が濁ってしまうことがあります。
すると網膜剥離・硝子体混濁が起き、視力に重大な影響を及ぼすのです。これらの病気では硝子体手術が適応されることがあります。その際、網膜の内側にガスを注入する処置が取られる場合があるのです。
この記事では硝子体手術でガスを注入する理由・術後の注意点などを解説します。
硝子体手術でガスを注入する理由
硝子体手術では原因となる病変部分の硝子体を切除します。そのままだと切除部位に空洞が生じるため、ガスを注入するのです。こうすることで硝子体に引っ張られて浮き上がっている、または裂孔している網膜を眼底(眼球の奥)に押し付けて定着・平坦化させ、元の位置に接着させることができます。
加えて、ガスの表面張力によって、網膜の裂孔部位から外に硝子体液が漏れ出るのを防ぐ役割も担っているのです。なお、ガスは再手術によって取り出す必要はなく、自然と体内に消失していきます。
効果の短いものでは12〜14日、長いものでは6〜8週ほど硝子体部分に留まり、徐々に網膜を定着させる処置です。空気が注入されることもありますが、ガスの方が定着効果が高いため、より症状が重い場合にはガスが選択されるでしょう。
硝子体手術でガスを注入した場合うつぶせ期間が必要になる?
硝子体手術でガスを注入した場合には、ガスが消失するまでうつぶせで過ごすよう指示される場合があります。これは注入したガスを網膜が裂孔した部位にしっかりと触れさせるためです。
ただし、裂孔や剥離した部位によっては、必ずしもうつぶせとは限りません。また、最初はうつぶせでも、ガスの量が減ってくるに連れて可能な体位が変わることもあるでしょう。
加えてガスが水晶体に当たってしまうと、後囊下白内障・角膜内皮障害などのリスクが上がるため、術後の体位は重要です。
最低でも術後5日、できればガスが消失するまでは基本的に指示された体位を維持する必要があるでしょう。
つまり高齢者・知的障害のある方・子どもなど、精神的・身体的理由によって一定の体位を維持できない場合は、ガス注入の処置が選択できず、まれにオイルを注入することもあります。
なお、使用されるガスによって消失するまでの期間は異なるため、一定の体位で過ごすべき日数の断言はできません。必ず担当の医師の指示を守るようにしてください。
硝子体手術でガスを注入した場合に日常生活でやってはいけないこと
硝子体手術は細かい器具を使用したデリケートな手術です。術後の体位も決められており、過ごし方を間違えると十分な効果が得られない場合があります。
硝子体手術でガスを注入した後にやってはいけない行為は主に以下の5つです。
- 外出
- 車の運転
- 仕事
- 食事の用意
- 洗顔・洗髪・入浴
それぞれを詳しくみていきましょう。
外出
基本的に外出は避け、安静にしていましょう。日帰りで手術を受けて自宅に戻られた方でも同様です。
外出をすると立位や座位で過ごす時間が多くなります。そうするとガスが網膜裂孔部位に当たらなくなってしまうのです。
また、術後はしばらく飛行機への搭乗ができません。目の中にガスが少しでも残っていれば飛行機に乗れないため、予定を入れる際には余裕を持ったスケジュールにしましょう。
術前から飛行機に乗る予定がある場合には、手術をずらす等の対応が必要になるので、必ず主治医に相談してください。
車の運転
車の運転は周囲の状況を把握するためにも十分な視力が必要です。硝子体手術でガスを注入してもすぐに視力が回復するわけではありません。網膜が定着しガスが消失するまでは、見えにくく感じることもあるでしょう。
視力に不安を抱えた状態で運転をすれば、思わぬ事故につながる恐れもあります。自分だけではなく周囲にも危険を及ぼしますので、車の運転は回復するまで避けてください。
仕事
ガス注入後は数日〜2週間程度うつぶせの姿勢を維持する必要がある場合が多く、すぐに仕事へ復帰するのは難しいでしょう。
デスクワークなどの場合もガスを注入した際には、約1週間前後制限される場合があります。
ご自身の仕事の場合はどのくらい休みが必要となるのかなど、医師に相談・確認しましょう。また、術後は休めるよう仕事の調整をしてから手術へ臨むようにしてください。
食事の用意
食事の用意は立位での作業が多くなります。調理の内容によっては長時間にわたって体を動かすことになるので、術後は避けてください。
食事の用意は家族に頼り、食事の時間やトイレの時間を除いてなるべくうつぶせを維持しましょう。
家族に頼れない場合でも無理は禁物です。出前をとる・お弁当の宅配サービスを一時的に利用するなど、安静にできる方法を検討してください。
なお、状況によっては入院を勧められることも頭に入れておきましょう。
洗顔・洗髪・入浴
基本的に手術後約1週間は洗顔・洗髪・入浴ができません。傷口から細菌が入り込み、思わぬ合併症を引き起こす可能性があるためです。
体を清潔にしたいときは硬く絞ったタオルで、顔・体を拭う程度にしておきましょう。その際も目に水が入らないよう十分注意してください。
加えて、術後の目には刺激・摩擦も避けた方がいいでしょう。手・タオルで強くこすらないようにしてください。手術前には入浴し、あらかじめ体を清潔な状態にしておくのがおすすめです。
個人差がありますが、術後約1週間で洗髪が可能となった場合にも上向きの状態で行い、根を濡らさないなどの注意が必要です。
通常通りの洗顔・洗髪・入浴の再開は、担当の医師に確認してから行うようにしましょう。
硝子体手術でガスを注入する可能性がある疾患
ガスを注入する硝子体手術は、幅広い目の疾患に適応される手術です。ここでは硝子体手術でガスを注入する可能性のある疾患を5つ説明します。
- 網膜剥離
- 糖尿病網膜症
- 黄斑前膜(黄斑上膜)
- 黄斑円孔
- 硝子体出血
各疾患について一つひとつ詳しく解説します。
網膜剥離
網膜剥離は何らかの原因によって網膜がはがれた状態のことです。老化・外傷などの影響で網膜に空いた孔(裂孔)が原因となるケースが多く、裂孔原性網膜剥離と呼ばれています。
裂孔から硝子体液が網膜の外側に流れ込み、徐々に網膜がはがれていくのです。痛みがないため最初は気づきづらいですが、進行すると飛蚊症・光視症・視野欠損など、ものの見え方に影響が出てきます。
網膜剥離の原因の一つが、老化による硝子体の縮小です。硝子体が網膜を引っ張ることで網膜に孔が開き、そこから徐々にはがれていきます。この場合は硝子体手術によって硝子体を切除し、代わりにガスを注入する必要があるでしょう。
糖尿病網膜症
糖尿病の三大合併症の一つで、日本の失明原因の上位となる疾患です。糖尿病は血糖を下げるホルモンであるインスリンが効かないため、血糖の高い状態が続きます。すると目の中の細い血管にダメージが蓄積され、詰まる・破れるといった状態になります。
血管が詰まると網膜に酸素が運ばれなくなるため、新たな血管を作ってそれを補おうとするのです。しかし、新たな血管は脆く破れやすいため出血することがあります。すると網膜には増殖組織が発生し、網膜剥離を引き起こすのです。
網膜剥離が発生して初めて症状に気づく場合も多いですが、この場合は手術をしても元の視力に回復する見込みは薄いです。糖尿病の方は定期的に眼科健診を受けましょう。
黄斑前膜(黄斑上膜)
網膜の表面に薄い膜が形成される疾患です。多くは加齢に伴う特発性のものですが、網膜剥離・目の手術をした後に発生する続発性のものもあります。初期症状はほとんどなく、気づかないままじわじわと進行していくケースが多いです。
症状が進むと網膜にしわが寄ったような状態になります。するとものが歪んで見える・視力が低下するなどの症状が現れるため、治療が必要になるでしょう。薬で症状が軽快することはないため、硝子体手術をして形成された薄い膜を除去する必要があります。
黄斑円孔
網膜の黄斑部位に小さな孔が空いた状態の疾患です。視力低下・視線の先のものが見えにくいといった症状が現れます。若い人には見られず中高年の患者さんが多いことから、老化が原因だと考えられています。
歳を重ねると硝子体が収縮し網膜を引っ張るようになりますが、このときに薄い黄斑部位に孔が開いてしまうのです。発見された場合は速やかに処置をする必要があります。薬による治療はできないため、硝子体手術が必要となるでしょう。
網膜を引っ張っている硝子体を除去し、代わりにガスで眼球内を満たします。すると徐々に小さな孔はふさがっていき、症状はなくなっていくでしょう。
硝子体出血
何らかの原因により網膜から出血し、その血液が硝子体の中に残っている状態です。通常出血は数か月で自然と吸収されていきますが、出血量が多い場合など硝子体内に残存してしまうことがあります。
硝子体は目に入った光を網膜に届ける役割があるため、硝子体内に血液があるとうまくものが見えません。するとぼやけて見える・黒い物体が浮いて見える・視界が暗く感じるなどの症状が現れます。
吸収されない血液は硝子体手術によって取り除くしかありません。術中に出血の原因が分かった場合には、それを取り除く治療が追加されることもあります。また、網膜剥離が確認された場合は、ガスを注入することもあるでしょう。
硝子体手術でガスを注入する流れ
硝子体手術にかかる時間は1~2時間程度で、基本的な流れはある程度決まっています。ここでは硝子体手術、およびガスを注入するまでの流れについて解説します。
局所麻酔をする
まず、麻酔前に数回にわたり散瞳薬を点眼します。硝子体手術では局所麻酔が選択されるケースがほとんどです。ただし、術中に体制を維持できない・局所麻酔での手術に恐怖を感じるなどの場合は全身麻酔が適応されることもあります。全身麻酔を希望する方は担当の医師に相談してください。
局所麻酔の場合、点眼麻酔後に消毒を行ったあとに瞼を器械で明けて麻酔薬を注入します。
なお、局所麻酔では意識があり平常通り会話ができます。触られている感覚はありますが、もちろん麻酔が効いている間は痛みを感じにくいため、安心して手術を受けられるでしょう。
麻酔後に痛みを強く感じる際には、追加で麻酔を行うこともあるため、医師に報告しましょう。
白目部分に小さな孔を3か所あける
麻酔の処置が終わったら、白目の部分に手術器具を用いて小さな孔を3か所空けます。大きく切開する必要はないため、最低限の傷口で済む手術です。
それぞれの孔から、灌流液を流す灌流口・眼球内を照らす照明ライト・硝子体や膜を切除するカッターを挿入し、手術が行われます。
硝子体を切除する
疾患の原因となっている硝子体を切除し、引っ張られている網膜を開放します。なお、硝子体が切除された分だけ灌流液が置き換わるため、眼球の形は維持したまま手術が可能です。
また、白内障の所見がある場合、手術を安全に行えない・術後も視力の回復が見込めない可能性が高いです。そのため並行して白内障の手術も行われます。
加えて、黄斑前膜など網膜に視力を妨げる病変があれば、このときに取り除きます。
空気・ガスなどを注入する
網膜剥離など硝子体に引っ張られたことにより網膜が損傷している場合は、手術により網膜剥離が良くなっても、またすぐにはがれてしまう恐れがあります。そのため空気・ガスなどを注入して網膜の平坦化を図るのです。
なお、網膜の完全回復までには時間を要するため、長期にわたってガスを眼内に滞留させておく必要があります。
硝子体手術後の注意点
手術後は出血のリスクを抑えるため、目をこすったり強く押したりしないようにしましょう。目はデリケートな組織であるため、術後は特に刺激を与えないよう注意してください。
また、洗顔や洗髪をすると目に水が入ってしまうことがあります。手術後最低3日間は、感染症のリスクを抑えるためにも首から下の洗体に留めてください。
その際も目に水がかからないよう細心の注意を払う必要があります。どうしても顔を清潔にしたい場合は硬く絞ったタオルで目を避けながら優しく拭いてください。
加えて、手術後は点眼薬が処方されます。これは術後に懸念される感染症や炎症を防ぐためのものです。医師の指示に従い、用法用量を守って正しく扱いましょう。なお、点眼は手術後3か月程度継続する必要があります。
ガスを注入した際、眼内にガスがある間はうつぶせになるよう指示が出る場合が多いです。
これは先述したように、ガスがある状態で仰向けになると緑内障・白内障・角膜障害を引き起こす可能性があるためです。
もしも医師からうつぶせなど体位の指定があった場合は、それに従い安静に過ごすようにしてください。
まとめ
網膜剥離で硝子体手術をした後は、網膜を修復するために空気・ガスを注入することがあります。なお、ガスが消失して網膜が完全に修復するまでは、1〜2週間程度かかります。
その際、ガスを網膜にしっかりと当てるためにもうつぶせの姿勢を維持してください。食事やトイレの時間もうつむきを意識して過ごす必要があるでしょう。
そのため術後は平常通り生活をすることが困難となります。仕事をしている方は休めるよう調整し、家族にも事前に相談をして手を借りられるような環境づくりをしておきましょう。
手術を受けるにあたって少しでも不安なことがあれば、担当の医師に相談してください。
参考文献